「は…っ、ぁ…あっ! …んっ……ぅ…っ!」
 欲望のおもむくままに月本は腰を動かし続けている。
 佐久間の上にまたがり、腰を引いてはまた深くおろす。最も快感を得られる場所だけに意識を集中させ、ほかにはなにも考えられない。洩れ出る嬌声が時として自分の鼓膜を叩き、そのたびに我に返って抑えようとするのだが、考えるよりも先に体が動いてまた快楽に悲鳴をあげてしまう。
 視線を落として佐久間の脇腹に手を触れた。刺青の縁をなぞっていくと、こちらを見上げる佐久間の視線とぶつかった。佐久間は頭の後ろで手を組みながら、自分の体の上で踊る月本の姿をひどく突き放すような目でみつめていた。
「止まんじゃねえよ。いいって言うまでしろっつっただろ」
「はい…」
 息を吐いて腰を上げ、悲鳴を洩らしながら佐久間の顔を盗み見る。佐久間は小さく鼻を鳴らして嘲るように口元を歪め、
「やーらしぃ顔してんなあ」
 その一言でイキそうになった。
 月本はあわてて息を詰めてうつむき、静かに息を吐き出しながら衝動がおさまるのを待った。腰を上げようとしたが、ほんのちょっとでも衝撃があれば簡単に熱を吐き出してしまいそうで動くことが出来なかった。息を整えるあいだにそっと手を伸ばして佐久間の首に触れ、頬に触れ、ためらいながらも顔を近付けていった。
 客と唇を合わせることは滅多にない。客の方で嫌がることもある。だから月本は佐久間の目をのぞき込み、拒絶の色がないことを確かめてから唇を重ねた。舌を絡め、ヤニの味に息を詰めて、また声を洩らす。
 身を起こそうとしたとたんに佐久間の手が髪をつかんだ。薄く目を開けると、同じようにこちらをみつめている。
 不意に下から突き上げられた。
「ん…っ、ん…!」
 思わず逃げようと佐久間の胸を押し遣った。髪を放す代わりにその手を捕まえられ、下からの突き上げは止まらない。
「あ…! んっ、…ん…っ、やぁ……あっ!」
「早く動けよ」
 からかうような声が耳元で聞こえた。月本は身を起こそうとしたが腕に力が入らず、佐久間にのしかかるようにして顔を伏せたまま荒い呼吸を繰り返すばかりだった。
「イキそうか?」
 ただうなずいた。
「んだよ、客より先にイってどうすんだ」
「ごめんなさい…っ」
 それでももはや限界が近く、快感に体は酔い、自力ではどうすることも出来なかった。
「『ゴメン』で済めば警察はいらねえってな」
 佐久間はものを引き抜くと月本の体をぞんざいにベッドに仰向かせた。そうして両足を抱え上げて再びものを挿し入れ、乱暴に突き上げ始めた。
「あっ、あ…っ! はぁ…っ……あっ、や…! やだ…ぁっ!」
 一気に快楽の渦に呑み込まれ、今が仕事中だということをあっという間に失念した。熱を吐き出して楽にもなりたいし、嵐のような快感をずっと味わっていたくもあった。佐久間の胸を押し遣るようにして腕を上げながらもいつの間にかしがみつき、爪を立て、首をのけぞらせる。
「イキてえっつったり嫌だっつったり、わがままなガキだな」
 佐久間はわずらわしげに月本の腕を引き剥がすとベッドに押しつけた。
「おら、イっちまえよ」
 そうして更に激しく突き上げる。
「あ…っ! あぁ…っ、…は…っあ…っ! も、…やっ、…やだ、イク…っ!」
 閉じたまぶたの裏で白い光が弾けると同時に熱を吐き出した。ビクビクと大きく体を震わせながら息を詰め、それでもこらえきれずに悲鳴は洩れ続けた。少し遅れて佐久間のうめき声が聞こえ、あえぐように息を吸って目を開けると、佐久間の汗が首に滴り落ちてきた。
 佐久間はこちらを見下ろしてにやにやと笑っている。その顔をぼんやりと見上げながら、
 ――死ぬかと思った。
 でもあのまま死ねるなら、それもいいかも、そう思った。


 しばらくベッドでまどろんだ。
 抱き寄せられて肌を重ね、佐久間の温もりを感じながらぽつりぽつりと話をした。言葉が途切れ、薄い眠りに誘われて、髪を梳く手の感触に目を醒ました。
 そのあとシャワーブースで再び交わった。背後から抱きすくめられるようにして突き上げられ、壁に手をつきながら月本は夢中で声を上げた。流しっぱなしのシャワーが立てる水音で一々我に返り、そのたびに悦楽にふける姿を自覚させられ、それが更に羞恥を誘い、また快楽となった。
 熱を吐き出したあとは自力で立つことすら出来ず、シャワーブースの床にへたりこんでしまった。
「生きてっか」
 シャワーでお湯をかけられながら月本は振り返る。
「はい…」
 茫然とした顔を見て、佐久間はなにがおかしいのか小さく吹き出した。
「こっちが金もらうようじゃねえかよ」
「すいません…」
「いいけどよ」
 不意に壁の電話が鳴り出した。佐久間はとたんに険しい顔つきに戻り、ブースを出て受話器を拾い上げた。
「もしもし? …はい。――おお、俺だ。なんだよ」
 月本はシャワーを止めてブースを出た。バスタオルを拾ってのろのろと佐久間の体を拭き始める。
「…しゃあねえな。わぁったよ。…おぉ。そ。1507。――はいよ」
 受話器を戻した佐久間はバスタオルを受け取り、「予定変更だ」と言った。
「え?」
「泊まりの分の金は払うから、わりぃけど帰ってくんねえか」
「わかりました」
「だーもう、めんどくせぇよなあ」
 佐久間はそう吐き捨てるとバスローブを引っ掛けてバスルームを出ていってしまった。月本は一つ息をつき、体を拭くとゆっくりと服を身につけていった。
 髪を乾かしてリビングに戻ると、佐久間はソファーに腰をおろして煙草をくわえながら書類を眺めていた。月本の姿に気付いて顔を上げ、
「金、そこ」
 テーブルの隅に置かれた札をあごで示した。ありがとうございますと呟いて月本は金を拾い、予想外の厚さに思わず目を見張った。
「あの、これ多すぎます」
「あー? いいじゃねえか、余った分は小遣いにでも取っとけよ」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして」
 佐久間は書類に目を戻して素っ気無く返す。
「それじゃあ、失礼します」
「はいはい、ご苦労さん」
 ――ご苦労さん、か。
 内心で苦笑しながらも、部屋を去りがたくてたまらなかった。それでも居座るわけにはいかないのだから仕方がない。玄関へ向かいながら月本は壁にかかる絵画を眺め、呼びかけられて足を止めた。
「お前、名前なんだっけ?」
「誠です」
「誠くんね。――ま、今度また、ゆっくりとな」
「はい」
 失礼しますと呟き、ぺこりとお辞儀をして月本は部屋を出た。静かな廊下を歩いてエレベーターの前に立ち、ボタンを押しながら、どうか「今度」が早く来ますようにと願い続けた。


 そんなことがあったので、仕事を休むわけにはいかなくなってしまった。もし自分が休みの時に佐久間から指名が入ったらと考えるとどうにも落ち着かず、大学が夏休みに入ったので仕事の曜日も増やしたのだが、なかなか注文はこなかった。
 店で客と酒を飲み、くだらない話に愛想笑いを返している時も、考えるのは佐久間のことばかりだった。金払いがいいのは勿論嬉しかったが、正直な話、そんなことはどうでも良かった。ただもう一度会いたい、あの目で笑われながら我を忘れて声を上げたい、思うのはそれだけだ。
 バーテンの立花は佐久間の組のことを知っていた。店自体は別の組が後ろ盾をしているが、それも元をたどれば佐久間組の大本である高田組という大きな組織につながるのだという。
「組長さんには一回だけ会ったことがあるよ。メガネかけてるでかい人だろ? 丸坊主で」
「かっこいいよね」
 月本の感想にははっきりと返事をしなかったが、二年ほど前に組の二代目となったのだと教えてくれた。
「お父さんのあと継いだんだ」
「ヤクザは世襲制じゃないから、別に父親のあとを継いだっていうわけじゃないだろうけど」
 立花は洗い物をしながら、確かまだ若いんだよなと呟いた。
「幾つなの?」
「…三十とか、それぐらいじゃなかったかな」
「うっそ」
 とてもそんな歳には見えなかった。実際それほどの若さで組を持つことは珍しいそうだ。
 どういういきさつがあったのかは知らない。彼がヤクザだとは一目でわかった。でもそんなことはどうでもいい。ただもう一度だけでも抱かれたい。
 あの目で嘲笑いながら、頭がおかしくなるほど滅茶苦茶にして欲しい――。


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