佐久間は床のタオルを拾い上げて顔の汗を拭いた。床の畳は熱を含んでいて、少し蒸れる感じがあった。壁に寄りかかるようにしてスマイルは足を伸ばす。
「今も卓球やってんのか」
メガネをかけ直して佐久間が聞いた。
「タムラでは時々打つけど、それだけ。アクマは?」
「俺ぁ卓球とは縁切ったんだよ。バカなこと聞くな」
それならそっちが聞くなと思ったが、スマイルは口を開くのが面倒で黙っていた。手のなかのグラスをもてあそびながら、ふと、
「ねえ」
「なんだ」
「…落とし前って、どうやってつけるの」
そう聞いた。
佐久間はぽかんとした表情でスマイルをみつめて、まるでバカにしたように煙を吐き出した。
「つけてくれんのか」
「…そういうわけじゃ、ないけど」
それでも、佐久間の退学の原因が自分にあることは薄々わかっていた。退学になるような事態を引き起こしたのが佐久間本人だとは言え、全く知らない振りをしているわけにもいかない。それはこの三年近く、ずっと引きずってきていることだった。
鼻を鳴らす音にスマイルは顔を上げる。
「今更いいっつっただろ。ガキじゃあるまいし、んな、昔のことなんか忘れちまったよ」
スマイルは佐久間の横顔をみつめながらグラスを口に運んだ。佐久間は煙草の灰を叩き落してそのまま灰皿に煙草を置き、
「それとも、体で払ってくれるってか」
「体…?」
不意に佐久間が手を伸ばした。そうしてスマイルの手ごとグラスをつかみ、なかの緑茶を飲む。スマイルはぼんやりと佐久間の口元を眺めている。やがて佐久間はわずかに顔を上げて、グラスに口をつけたままスマイルの目を見返した。
「…すっごい暑いね、この部屋」
「風通しが悪くってな」
そう言って佐久間はスマイルの手からグラスを奪い、テーブルに置いた。そうしてスマイルの首を後ろからつかみ、
「一発殴りゃあ気が晴れるかもな。いいか?」
「…それで気が済むなら、別に構わないけど」
そう答えると、佐久間はくつくつと笑った。
「お前って、案外バカな」
「……」
誰だって、この暑さのなかでなら、バカになる。
佐久間と向かい合っている今もひっきりなしに汗が流れ落ち、ふと目に入ってしまってスマイルは反射的に目をつぶる。メガネをはずされる感触があり、汗の入っていない方の目を開けると、佐久間の顔が至近距離にあって、不意に唇をふさがれた。
ヤニ臭い息に、スマイルは眉をしかめる。
佐久間の指がスマイルの唇をこじ開けた。そうして舌を指で押し上げておいてまた唇が重ねられた。わずかに身を引くが、佐久間の腕が首を押さえつけていて動くことは叶わない。
「…なんか、反応しろよ」
――めまいがする。
「メガネ返してよ」
目をこすってスマイルは手を伸ばすが、佐久間はその手をつかんでまた唇を重ねてきた。首の後ろをつかむ手が無意識なのか軽く揉みしだくように動き、ちょうど凝ってたんだよなぁとぼんやり思った。佐久間の厚い舌がねっとりとからみつき、時折、なにか耐え難い感覚が背筋を走り抜けてスマイルはうめいた。
首筋に唇が押し付けられた時、無意識のうちに畳を爪で引っ掻いていた。そのまま着ているシャツのボタンがはずされて佐久間の舌が胸元を這うあいだ、スマイルはずっと壁をぼんやりとみつめながら、なにかの感触が走り抜けるたびに畳を引っ掻き続けた。自分の爪が畳を引っ掻くかりかりという音を聞いて、初めてやかましいほどにセミが鳴いていることに気が付いた。
「畳、駄目にすんじゃねえぞ」
佐久間はそう言って胸の突起を舐め上げる。ふとスマイルは腰を引きながら、
「…首、放してよ」
つかむ手が熱い。汗でベトベトして気持ち悪い。
佐久間はもどかしげにスマイルを床に押し倒してうつ伏せた。そうしてシャツを脱がせて背中に舌を這わせる。空いている手で胸元をまさぐり、もう片方の手を下へと降ろす。
「……っ」
反応を始めていたものに佐久間の手が触れて、思わずスマイルは体を震わせた。首筋に熱い息がかかり、逃げるように顔をそむける。そうするあいだにも佐久間の手は止まらず、ベルトをはずしてズボンのジッパーをおろし、熱を帯びたそれに手を触れた。
「ん…っ」
腕に額を押し付けてスマイルは息を殺す。うなじを這い上がる唇の感触にふと顔を上げて息を吐き、そうしてまた手の動きに息を詰める。
ねっとりとからみつくような空気が、たまらない。
なにかを振り切るように軽く頭を振って、今更ながらスマイルは逃げようともがいた。
――なにしてるんだ?
伸ばした腕をつかまえられて、そのまま後ろへと引っぱられた。そうして手首をつかみながら佐久間は片手でスマイルのズボンを引きおろし、あらわになった双丘のあいだに舌を挿し込んだ。
「は…!」
ぞわぞわと、背筋を悪寒にも似たなにかが走り抜ける。腕を引いても佐久間は放してくれない。もう一方の手をスマイルはどこまでも伸ばして、そうしておいてまたがりがりと爪で引っ掻いた。必死になって声を殺して、なにかがおかしいと考える。
――なにしてる?
暑さで頭がぼーっとする。
体の芯がひどく熱い。佐久間の舌がくすぐる部分の、もっと奥の方が、かすかにうずいている。どうしようもなくて、結局スマイルはまた腕を引き寄せ、大きく息を吐き出しながら手首に噛みついた。
「気持ちいいんなら声出せよ。遠慮しねえでよ」
からかうように佐久間が言う。突然の平穏にスマイルは安堵のため息を洩らし、そうして不意に体の奥に挿し込まれた指の感覚にまた身を震わせた。
「や…っ、……ぁ」
必死になってかぶりを振った。逃げたいのに、全身から力が抜けてしまって思うように身動きが取れない。奥へと侵入してくる指の動きにかすかに悲鳴を洩らしながら、また畳を引っ掻き、セミの鳴き声を茫然と聞く。
「息吐けよ」
佐久間の手が伸びてスマイルの顔を持ち上げた。口のなかに指が突っ込まれ、スマイルは口を開いたままその指を舐め回す。そうしていると幾分かは気がまぎれる。それでも挿し入れられた指の動きは止まらず、更に数が増え、どうしたらいいのか、もうなにもわからない。夢中になって佐久間の指を舐め回し、時折、たまらなくなって熱い息を吐いた。
腰がわずかに振れていることなど、全然気付いていない。
口の端からよだれが垂れて首元を汚した。うめき声をあげると不意に口から佐久間の手が逃げていった。追いすがるようにしても腕の力が入らなくて、結局スマイルは床にへたりこみ、体の内部を探る指の動きにびくびくと体を震わせ続けた。
…セミがうるさい。
指が抜かれ、別のなにかがあてがわれた。ぼんやりと畳の目を眺めていると、さっきとは比べ物にならないほど容量の大きななにかが体のなかに侵入しようとしてきた。
「あ…ぁ…っ」
痛みが背筋を走り抜ける。佐久間の手がスマイルのものを握り、快感に気を許した瞬間、また奥へと入ってくる。
首の後ろがぞわぞわと総毛立つ。そこへ佐久間が覆いかぶさってきて、不意に首筋を吸い上げた。
「や、だ…っ」
気持ちいいのだか悪いのだか、自分でもよくわからない。痛みにかすかに吐き気を覚えながら、それでも佐久間が腰を引くと、肉のこすれる感触にふと我を忘れそうになった。逃げ出したいと思いながらも、どこかでもっと味わっていたいと思ってしまう。結局スマイルはその場に突っ伏し、体の奥の感覚に小さく悲鳴をあげ、あえぐように息を吸ってはまた悲鳴を洩らす。切れ切れに息を吐き、爪で畳を引っ掻き、
――暑い。
佐久間の手が腰をつかんでいる。べとべとと汗で張り付く感触が、気色悪かった。
「いいなら声出せっつってんだろ」
不意に佐久間の手が乱暴に頭を撫でた。そうしてうなじに舌を這わせて、熱い息を吐きながらまた腰を打ち付けてくる。視界のなかを小さな星が飛んでいた。まるで貧血になったかのように、すぅと目の前が暗くなっていく。意識を失いそうになって、佐久間の空いた手が胸元をまさぐる感覚にびくりと体を震わせながら、スマイルはわずかに頭を振った。
小さく舌打ちする音が聞こえた。
「かわいくねえなあ…」
めまいがする。
汗が流れ落ちて畳に吸い込まれてゆく様をスマイルはじっとみつめている。やがてなんの前触れもなく佐久間のものが引き抜かれ、乱暴に腕を引っぱられた。
「こっち来いよ。…足、いてえだろ」
そう言って佐久間はスマイルの体をふとんに横たえた。そうして足にまとわりつくズボンを引き剥がすようにして脱がせてゆく。
「ねえ…」
視界がぼやける。
「…なにしてるの」
暑くてたまらない。
むわっとした汗の匂いに気が遠くなる。突然佐久間が覆いかぶさってきて、じっと顔を見下ろした。
「強姦してんだよ」
そう言って笑った。
「そう…」
汗が流れ落ちる。ふと佐久間の腕を握りしめて、握ると熱いくせに一瞬だけ冷たく感じるのはどうしてなんだろうと思った。また小さく笑う声が聞こえて、スマイルは顔を上げた。
「お前って、本当にバカな」
足を抱えてまた突き入れてきた。体を激しく揺さぶられながら、こんな体勢じゃどこを引っ掻いたらいいのかわからないじゃないかと、ぼんやりスマイルは考える。密着した体の熱でまた汗がにじみ出るのを感じ、ふと、佐久間がじいっとこちらを見下ろしているのに気が付いた。
「…見るなよ」
「俺の勝手だろ」
深い突き上げに言葉を失った。首をのけぞらせて佐久間の腕にしがみつく。