不意に唇が重ねられた。絡み合う舌の感触がひどく気持ちいい。首に抱きついて深く息を交わし、離れていこうとするのを押さえつけてまた重ねる。うっすらと目を開けると、向こうも薄目でこっちを見ていた。二人はそのまましばらくみつめあいながら舌を絡め、互いを味わった。
「…見てんじゃねえよ」
「そっちこそ」
 これだけ近ければ見えるんだなと、ふと思う。
「強姦されて悦んでるくせによ」
「…男襲って楽しんでるくせに」
 体の奥がひどく熱い。肉がこすれる感触にたまらなくなり、スマイルは佐久間の首に抱きついたまま爪を立てて引っ掻いた。
「…ってぇな」
 そう言いながらも、その腕をはずそうとはしない。荒い息を吐き出しながら更に激しく突き上げ始めた。喉の奥からこらえきれないうめき声を洩らし、スマイルは佐久間の首につかまりながらなんとか意識を保とうと歯を食いしばり、また熱いため息をつく。
 気持ち良くて、どうしたらいいのかわからない。
「や…あ…!」
 突然ものに手が触れて、スマイルの足が宙を蹴る。無造作につかまれたそれはひどく敏感になっており、ほんの少しの衝撃で熱を吐き出してしまいそうだった。佐久間の腕をつかんで止めて、あえぐように呼吸を整えた。
「んだよ、イキたくねえのかよ」
 からかうように佐久間が笑った。
「ご丁寧にイかせてやろうってのによ。もうベタベタじゃねえか」
 そう言ってやわやわと握り、親指で先端をこすりあげた。
「は…っ」
 体のなかを電流が走り抜けてスマイルは背中をのけぞらせた。快感に体はしびれ、どうにもたまらず、嫌々をするように首を振る。
「ま、俺がやってやる義理はねえよな」
 佐久間は喉の奥で笑い声を洩らして、不意に顔を近付けてきた。そうして、
「『イかせてください』ってお願いしてみな」
「……いやだ…っ」
 顔をそむけてスマイルは吐き捨てる。
 佐久間の手はゆっくりと、じらすかのようにスマイルのものを刺激し続けている。それでも最後までは足りなくて、もどかしくなり、思わずせがむように腰を動かしてしまう。それに気付いてまた佐久間は笑い、
「たまにゃあおとなしく言うこと聞けよ」
「……っ」
 手が動くたびに体が震える。首をのけぞらせてきつく目をつむり、体の奥の熱を無視しようと何度も頭を振った。声を殺そうと唇を噛みしめるが、それでもこらえきれずにうめき声が洩れる。知らないうちに涙ぐんだ目で佐久間を見上げ、今更のように、なんでこんなことになったんだろうとスマイルは考えた。
 セミがうるさいほどに鳴いている。
 頭が働かない。
 ――強姦?
 気持ちいいことに変わりはないのに。
 のけぞらせた首筋に唇が押し付けられ、きつく吸い上げてゆく。相変わらずもてあそぶかのように佐久間の手はスマイルのものを握り、そっと刺激を与え続けている。
「言ってみようぜ、一回ぐらいさぁ」
 あご先を舌で舐め上げて佐久間が笑う。熱に浮かされたようにスマイルは息を乱しながらそっぽを向き、なにか別のことを考えようとする。そうして流れ落ちる汗の感触にまた現実に立ち戻され、息を詰めて佐久間の顔を押しやった。
「なんだ、今頃抵抗か?」
「…放せよ」
 イキたい。
「ふざけるなよ、なにが強姦だ…」
「だよなあ。こんだけ感じてんじゃあ、言い訳も立ちゃしねえ」
「放せ――」
 めまいがする。
 顔を押しやるスマイルの手を押さえつけて佐久間は指を口にくわえた。そうしてスマイルの顔をみつめながら舌で舐め回し、かすかに笑ってみせる。
「やめろよ…っ」
 イキたい。
 もどかしげに腕を引くが佐久間はがっちりとつかんで放さなかった。しかもものを握る手にすら力を加えてゆき、スマイルは快楽の波に呑み込まれて、一瞬、わけがわからなくなる。甲高い歓喜の悲鳴を洩らして体を震わせ、息苦しさに涙を流した。
「『お願いですからイかせてください』って言ってみろよ。したら楽にしてやらあ」
 指から口を離して佐久間が笑う。スマイルはただ首を横に振ることしか出来ない。
「言えよ」
「…やだ」
「イキてえんだろ?」
「……いやだ…!」
 イキたい――。
 スマイルは息を詰めて世界中のもの全てを憎もうとする。体中に回る麻薬のような快感ですら憎みたかったが、それこそ意識とは全然関係なしに、佐久間が腰を引けばそれを受け入れてしまう。
「強情っ張りが」
 ふてくされたようにそう呟き、佐久間はスマイルの腕を放る。そうして片手でものをつかんだまま腰を打ちつけ始めた。
「はぁ…っ、…あ…ぁ…!」
「だからテメーはかわいくねえんだよ」
 佐久間の声も、もうあまりはっきり聞き取れない。ただ腕にしがみついて求める場所へ到達しようとするだけだ。体の奥の熱にたまらなくなって首をのけぞらせ、また悲鳴をあげる。ただでさえぼやけているのに涙で視界はかすみ、ひたすら逃げ場を求めるように佐久間の腕に爪を立てた。
 熱を吐き出すと同時に、白い闇に引きずり込まれた。気を失う寸前まで、いやだいやだとしきりに叫んだような気がしたけれど、はっきりとは覚えていない。


 気が付くとヒグラシが鳴いていた。
 明かりのついていない部屋のなかは薄暗く、それでも、まだ日が暮れ始めたばかりのようで、ふとんカバーの水色が認識出来た。メガネをかけていなくてもわかるのだからまだ本当に暮れ始めたばかりなのだろう。
 すぐそばに佐久間が座っていた。テーブルに寄りかかるようにしてあぐらをかきながら煙草を吸っているようだった。いつの間にか、最初の時と同じズボンをはいていて、スマイルは今更のようにそれが緑色であることに気が付いた。
 ――喉が渇いた。
 起き上がろうかとも思ったけれど、体がひどくだるい。それに、まだ眠い。伸ばされた佐久間の右手が、そっと、もてあそぶように静かに後ろ頭を撫でているのを感じながら、またスマイルは目を閉じた。
 煙草の匂い、扇風機の静かな風、ヒグラシの気だるい鳴き声。もうじき夏も終わっちゃうなぁとスマイルはぼんやり思う。思ううちに、シャクッっと佐久間がなにかに噛みつく音が聞こえた。それがスイカであることは容易に想像がついた。瓜独特の水っぽい匂いが鼻につき、スマイルは眠った振りを続けながら、そっと、小さく喉を鳴らした。


スイカ/2004.05.09


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