憂【ウレイ】:
うれえる(ア)心配する。恐れる(イ)悲しく思う(ウ)くるしむ。病む(エ)妊娠して病む。つわる/うれい。うれえ(ア)心配(イ)苦難。災難(ウ)病気(エ)も。喪中/
目が醒めた時からなんとなく様子がおかしかった。ベッドの上で体を起こすのも辛くて、ようやく起き上がったと思ったら、今度はベッドを抜けるのがまた辛い。
風邪だ、とはすぐにわかった。スマイルはベッドに腰をおろしたまま力なくうなだれ、即座に休もうと決意してベッドに入り直した時、大学で友人に渡さなければならないプリントがあることを思い出した。昨日の別れ際、「絶対に忘れんなよ」と念を押されたことも。
仕方なくスマイルはうちを出た。のろのろと、いつもの倍ほどの時間をかけて準備をした。電車に長く乗っていられず何度も途中下車して外の空気を吸い、ようやくのことで大学までたどり着いた。
「――なんだ、その顔」
学食に居るから来てくれと携帯で呼び出した友人の、スマイルの顔を見ての第一声だ。
とりあえず、とスマイルはプリントを渡し、そのまま言葉もなくテーブルに突っ伏した。
「真っ青だぞ。大丈夫かよ」
「……大丈夫だったら、授業出たんだけどね」
そもそも今日は授業の道具をなにも持ってきていない。友人に会ったら即座に帰ろうと最初から決めていた。「だったら取り行ったのに」と言う友人の顔を見上げ、
――そういう手もあったんだよなぁ。
と今更ながらにスマイルは考えた。だがあのままベッドで眠っていたら、どれだけしつこく呼び鈴を鳴らされても絶対に起きなかっただろう。そんなことをぼんやりと考えながらスマイルは立ち上がり、「帰るよ」と言ってのろのろと学食を出た。
「午後の授業、代返しとこうか?」
「…いいよ、別に。テスト範囲の変更があったら教えて」
「わぁった。気ぃ付けてな。っていうか、途中でぶっ倒れんなよ」
「這ってでも帰る」
そうして、文字通り這うようにしてスマイルは家へ帰りついた。時刻は昼に近く、コンビニで買ってきたレトルトのお粥を温めて腹におさめ、薬を飲んで倒れるようにして眠りについた。
母親に起こされたのが、それから何時間後のことなのか記憶にない。
「あんた、具合悪いの?」
何故か寝ているだけで母親はそう言い当てた。「風邪」とだけ短く言い、大儀そうにうなり声を上げながら寝返りを打った。ちょっと体を動かすだけで体中の骨がばらばらになってしまいそうに痛んだ。
「薬は?」
「飲んだよ。…仕事なら行ってきなよ。寝てれば治るし」
そのままスマイルは返事も聞かずにまた眠ってしまった。母親がなにか言ったような気がしたけれど、はっきりとは覚えていない。
トイレに行きたくて目を醒ました時、居間の方でテレビの音が聞こえた。ドアを開けると母親がテレビを見ながら晩酌をしている。
「どうよ、具合は」
「…なんか食べるものある?」
「雑炊で良ければ作るけど。あとミカンと桃の缶詰買っといた」
「じゃ、雑炊」
だいぶ汗を掻いて熱は若干引いたようだが、まだ体の節々が痛む。明日も休むようかなとぼんやり考えながらスマイルはテレビを見た。千葉の方でバラバラ死体がみつかったと騒いでいるが、どこか現実感が薄く、ひどく遠い世界の出来事のように感じられた。
のろのろと雑炊を片付けながら、母親が飲んでいる水割りを少し分けてもらった。「薬飲むならやめときなさいよ」と言いながらも、完全に拒絶しないのが我が母だとスマイルは思う。
「お酒飲んで一晩寝れば、風邪なんて簡単に治りますよ」
「…そういうところが、あたしの息子よねぇ」
しみじみと言われて、スマイルは返す言葉もなくまた雑炊に手をつける。思いのほか雑炊はまだ熱く、「あちっ」と呟いて母親に笑われ、大きく咳き込んだ。
スマイル:大学一年二月/2005.03.15