結【ムスブ】:
 むすぶ。ゆう。ゆわえる(ア)むすび目をつくる(ウ)つなぐ(エ)集める(オ)作る(カ)約束する(ク)気がふさぐ(ケ)こる。固まる(コ)終わる(サ)草木の実がなる(シ)髪をゆう/むすび(ア)むすびめ(イ)終わり/むすぶ(ア)ふさぐ(イ)かわす/


 風間はベッドに浅く腰かけたまま部屋のなかを見回している。
 置いてある家具の配置に変わりはないのに、だいぶ閑散としてしまった。多分自力で捨てられる雑誌や洋服などを処分してしまった為だろう。上海へ持ち帰る荷物はもう殆どスーツケースに詰め込んであるのだそうだ。風間は部屋の隅に立てかけられた青灰色の大きなスーツケースを眺め、孔の五年間がたったあれだけになってしまったんだなとぼんやり考えた。
「日本はどうだった?」
 風間は自分でも思いがけずに聞いてしまった。流しに立つ孔はその声がよく聞き取れなかったようで、食器の泡を水道水で流しながら「え?」と聞き返してきた。
「なにか言ったか」
「…明日は来られないんだ」
 部屋に漂う緊張の詰まったシャボン玉を壊してしまわないように、風間はわずかに微笑みながらそう言った。孔は不意を衝かれたみたいに一瞬だけ無表情になり、それからわざとらしく笑顔を作ってうなずいてみせた。
「試合の前の日だからな」
 全日本の大会が明後日から二日間開催される。ドイツの一部リーグに居るペコもこの試合の為に日本へ帰ってきた。本当の意味での日本一を決める、大きな試合だ。そしてその初日は孔が上海へと帰国する日でもある。
 つまり、こうして会えるのは今夜が最後ということだ。どんなに長くても明日の朝まで。
 孔は水道を止めてタオルで手を拭いた。台所から部屋へと戻り、その境目で立ち止まる。そうして少し困ったような表情で頭を掻き、風間をみつめた。
「まぁ、頑張れ」
「気の抜けた激励だな」
 風間は思わず苦笑する。
「プレッシャーが重いのはいけない。緊張がないのは駄目だ。だけど、緊張しすぎも駄目だ」
「そうだな」
 そう言って誘うように手を伸ばすと、孔はベッドに腰かけたままの風間に抱きついた。風間もその背中を抱き返し、一度大きく息をついた。
 なにか大事なことを言わなくてはいけないような気がしていた。だけどなにを言えばいいのか全然わからなくて、風間は口を開きながらもまた閉じてしまう。じっと考え込んでいると、
「風間」
 孔が不意に名前を呼んだ。
「なんだ?」
「星野に勝て」
 まるで外は晴れているとでも言うかのような素っ気無い口調だった。
「孔――」
「また来るぞ」
 孔は一度ぎゅうと風間の首にしがみつき、顔を上げた。泣き笑いのようなおかしな表情で風間をみつめ、「また来る」と繰り返した。
「…ああ」
 風間はうなずいて笑い返す。孔も笑い、また首にしがみつき、笑い声がかすかな嗚咽に変わるのを、風間はぼんやりと聞いている。
「大丈夫だよ」
 つられて泣きそうになるのを懸命にこらえながら孔の背中を抱き返す。そうしながら風間は、初めて孔を抱きしめた晩のことを思い出していた。あの時も孔は泣いていた。風間も同じように頭を撫で、なだめるように背中を軽く叩き、また抱きしめた。
「大丈夫だ」
 同じように呟いた。だけど今言葉をかけているのは孔に向かってだけではなかった。風間は何度も呟いた。孔に向かって、自分に向かって、何度も何度も言い聞かせるかのように。
 大丈夫。――大丈夫。


風間:大学四年六月/2004.12.12


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