屑【クズ】:
くだく/くず(ア)細かいくず。切りはし(イ)役に立たないもの/こまごました。ささいな/いさぎよい。いさぎよしとする。心よく思う/かえりみる。気にかける/
真田は入力し終えた携帯の電話帳を操って、次から次へと現われる名前の一つ一つを、じっと懐かしそうに眺めていた。
「ほんに、みんななぁにしとるんじゃろうなぁ」
風間は「そうだな」と呟いてジョッキを口に運ぶ。
携帯をなくしたお陰で番号がわからなくなったと真田から連絡をもらい、久し振りに新宿の飲み屋で顔を合わせていた。実際彼と会うのもほぼ一年振りのことで、連絡先を知っていながらも、ほかに元同級生と会うことはこれまでになかった。
海王のように全国から生徒が集まるような学校では、卒業後に再会するのはさほど容易ではない。自分たちのように東京近郊の大学や専門学校などに進学する者も当然多いが、それだとて学校が違ってしまえばおのずと生活も変わる。たった一年の乖離ではあるが、ひどく隔たった場所でそれぞれ暮らしているという印象は強くあった。
「今度OB会でも開くか」
携帯をしまいこみながら真田が呟いた。
「それもいいが、どうせならインターハイで集合したいものだな」
「そうじゃのう…じゃけん、この先海王もどげんなるかわからんしなぁ」
そう言って真田は少し寂しそうに笑った。つられて風間も小さく笑いながら、
「さすがにこればかりは我々が乗り出すわけにもいかんからな」
「新たなる才能に期待っちゅうところか――そうじゃ」
口元へ運びかけていたジョッキをカウンターに戻して、不意に真田が笑顔を見せた。
「わし、こないだ佐久間に会うたぞ」
意外な名前に、風間はすぐに返事をすることが出来ずに居た。
「…久し振りにその名前を聞いたな」
「そうじゃろう。わしも会うたのはインハイの予選以来じゃ」
『風間さんは、誰の為に卓球やってます?』
誰よりも練習熱心で、誰よりも卓球を愛していた。不器用でひどく一本気で、がむしゃらに練習に打ち込む姿がどこか自分に似ていて、実は少し苦手だった。
「元気だったか」
ジョッキの底に残るビールを飲み干して風間は聞いた。
「おお。でらあ元気そうじゃった。海王辞めたあと、独り暮らししながらどこぞで働いとるちゅうとったな」
「どこで会ったんだ」
「池袋じゃったかのう。女連れとったんで、ゆっくり話せんかったが」
真田と会うことで高校時代のことを懐かしく思い出していた。だが佐久間の名前を聞いたとたん、それらの記憶に、かすかに暗い影が舞い降りた。
「お前さんによろしゅう言うちょいてくれと」
付け足すように真田は呟き、風間はその意外な一言にまた言葉を失った。
「そうか…」
風間は空になったジョッキをぼんやりとみつめ、片手で頬杖を突く。そうして店内のざわめきを聞きながら、歳を取るというのは思い出が積み重なることなのだなと、今更のように実感した。
「なにか愚痴でも聞かされるかと思ったがな」
「なんでじゃ」
「…何故だろうな」
恨みつらみがあるに決まっている。ずっとそう思っていた。歳に似合わぬ大人びた笑顔を浮かべながら、その下にどんな気持ちを隠しているのか、時として不安になることがあった。
「そげんこたぁなかろう」
風間の言葉を聞くと真田は豪快に笑い、店員を呼び止めて二人分のビールを追加注文した。
「奴はそげんこたぁ言わん。そういう奴じゃ」
「……」
「でなけりゃあ、一人で敵地になんざ乗り込まん。自分で選んだことじゃ、恨みも愚痴も、なぁんも言わんと辞めていきよったろう」
「――そうだな」
新しくやってきたビールに口を付けながら、ああいうのを男前と言うのだろうかと風間は考える。そうして、もしそうだとしたら、今の私にはとてもなれそうにないなと、ふと苦笑した。
風間:大学一年三月/2004.08.27