環【ワ】:
たまき。輪状の玉で、肉の幅と中の穴の直径とが等しいもの/わ。輪形のもの/めぐる。めぐらす(ア)かこむ。とりまく(イ)まわる/
珍しく目覚ましが鳴る前に孔は目を醒ました。風間を起こさないようにそっとベッドの端に寄り、そのまま大きく伸びをする。そうしてあくびをしながら髪を掻き上げ、額にぶつかった金属片の感触に、ふと手を止めた。
前髪が引っかかっているようだ。そろそろと手を動かしながら引っかかった髪を抜き、なにがぶつかったのだと、薄暗い部屋のなかで目を凝らす。
左手の薬指の根元に指輪がはまっていた。細い銀色の、飾りっ気のない指輪。勿論見覚えなどある筈がなかった。
「…風間」
向こうを向いたまま静かに寝入っている風間の肩を揺するが、かすかにうなり声を上げて仰向けになるばかりで目を醒まそうとはしない。孔は苛立たしげに風間の胸倉をつかむと、大きく揺さぶりながら声をかけた。
「風間ー、起きろー」
「わあああああああ」
風間はあわてて目を醒まし、胸元をつかむ孔の手を止めた。
「なんだ、どうした」
「――なんだ、これ」
孔はベッドの上に座り込みながら風間の目の前に左の手のひらを差し出した。風間はその手をじっとみつめ、
「指輪だな」
「バカ。見ればわかる」
ぺしっと風間の鼻先を叩いた。
「誰のだ」
「君のだ」
「…誰がつけた」
「…私だ」
そう言って風間は恥ずかしそうに自分の左手を孔に見せた。そこには同じような指輪がはまっていた。左手薬指。それがなにを意味するものなのか、勿論孔は知っている。
「……男と男で、結婚は出来ないぞ」
「知っている」
「明日には上海に帰るんだぞ」
「ついていくことも出来ん」
そうして、引き止めることも出来ないなと言って風間は苦笑した。
「だから、せめてもの証だ」
「……」
「…もし嫌だったら、返してくれても構わんが」
「返したら、どうする」
「そうだな」
風間は首をかしげてしばらく考え込んだ。
「二人分の指輪を握りながら、どこか静かなところで泣くとしよう」
「バカ…っ」
風間の首に抱きついて孔は泣いた。嫌がある筈もなかった。風間は孔の体を抱き返し、
「その…頼むから朝から泣かんでくれないか」
「誰のせいだ!」
「……済まない」
日本で手に入れた、最高の土産となった。
孔:ユースのコーチ一年目三月/2004.08.11