銃【ジュウ】:
 斧の柄をはめる穴/つつ。こづつ。鉄砲/


 土曜日の良く晴れた午後だった。二時過ぎから始まった部活は一旦休憩となり、片瀬体育館のなかでは部員たちが思い思いの格好でくつろいでいた。
「あぢー」
 カーテンを引き開けた出入り口のそばでペコは床に寝そべり、ポロシャツの裾を喉元いっぱいまでめくりあげる。そうしてタオルを顔にかけ、時折吹きかかる涼風にため息をついていた。
「……はい、ジュース」
 スマイルの声にタオルをどかすと、何故かいささか苦い顔つきでこちらを見下ろしていた。スマイルが差し出すパック入りのジュースを受け取り、ペコは「サンキュー」と呟いて体を起こす。
「あに怖い顔してんすか」
 ストローを飲み口に差し込みながらそう聞くが、スマイルはいつも通り「別に」と素っ気無く答えるばかりだった。
「プール入りてぇ」
 ペコはそう呟いてまたゴロリと横になった。スマイルは聞いているのかいないのか、涼しい顔つきでジュースを飲んでいる。
「今から抜け出して行ってくっか。水泳部の奴らおん出してよ」
「一人で行ってきなよ」
「んな冷たいこと言うなよぉ」
「だいたい水着ないだろ」
「んなもん、パンツ一丁で充分っしょ。男の子だもんさ」
「……」
 気のせいかスマイルの不機嫌さが増したように思われて、ペコはふと口をつぐんだ。そうして床にうつ伏せ、ストローの先から少しずつジュースを飲む。
「なぁに怒ってんだよ」
「…怒ってないってば」
「あっそ」
 頑としてこちらを向かないスマイルに業を煮やし、ペコは不意に身を起こすとジュースを持ってどこかへと歩き出してしまった。その後ろ姿を見送ることもせず、スマイルはじっと目の前にある倉庫の薄汚れた壁を睨み続けている。
 事実スマイルは怒っていたわけではない、我慢をしていたのだ。
 ――いくらなんでもさぁ。
 ペコが居なくなったのを見計らってスマイルは大きくため息を吐き出した。
 初めて参加したインハイ本戦が終わってからというもの、スマイルはあまりまともにペコを見ることが出来なくなっていた。日本のトップに立ったペコはまるで自分のことのように誇らしかったが、同時にひどく遠い存在のように思えてしまう。そうしてそばに居ることを確かめようと、ふと手を伸ばしてその体に触れたくなってしまうのだった。
 ――まるで変態だよ。
 やれやれと再びため息をつくと、スマイルはジュースの残りを口に含んだ。
 もし今体育館に自分とペコ以外の人間が居なかったら手が伸びていたのは確実だ。バカバカしいと考えを頭から振り落としながらも、いつか歯止めが利かなくなりそうな自分が怖くてたまらなかった。
「そろそろ始めるぞー」
 誰かが上げた声に返事をしながら、もし本当に歯止めが利かなくなったらどうなるんだろうとスマイルは考える。
 今までのように普通の友達として笑いあうことは出来なくなるだろうか。自分のそばに居てくれることは、やはりなくなってしまうのだろうか。そんな危険を冒してでもペコに触れたいと思うのが何故なのか、スマイルには良くわからない。
 今の彼には、まだわからないままだ。


スマイル:片瀬高校二年九月/2004.08.10


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