剱【ツルギ】:
 つるぎ(ア)両刃でまっすぐとがった大刀(イ)あいくち/つるぎでさしころす/剣法。剣術/


 初めのうちは苦しいだけだった孔の息遣いが、次第に歓喜の悲鳴へと変わっていく。暗いなかで風間の腕を探り、背中にしがみつき、髪をまさぐり、我を忘れたように、ただ声を上げる。
 時に甲高く闇へと消えていく孔の悲鳴は、風間の脳裏を強く刺激する。それを聞くたびにもっとひどくしてやりたいというあらがい難い欲求が沸き起こり、激しいせめぎあいのうちで、時折風間の理性は負ける。
「や…ぁ…!」
 嫌だと言われれば言われるほどに風間の動きは激しさを増す。その腕を押さえつけて自由を奪い、喉の奥から洩れる悲鳴が更に艶を帯びたものへと変わっていくのを、風間はどこか遠いところで聞いている。
 そうして声が鼓膜を叩くたびに、憎しみのようなものが胸のうちで暴れだす。
 ふと我に返り、押さえつけていた腕を離し、熱くなった孔の体を抱きしめて夢中で口付けを交わす。首にしがみつきながら孔は荒い息を吐き、暗がりのなかで風間の顔をじっとみつめ、また抱き寄せる。
 絡み合う舌の熱さに、風間は再び理性を奪われる。
 欲望に支配された意識の底で憎しみが怒りを生み、怒りが悲しみを生み、胸のなかで諸々の感情が好き勝手に走り出そうとするのを、風間はただ茫然とみつめている。そしてそれらの全てが、実は愛情に端を発しているのだということに気付くのは、終わりがすぐそこまで近付いてきた時だ。
「孔」
 肌に食い込む爪の痛みが、混沌とした鈍い意識の底から風間の理性をすくい上げる。そして恍惚のうちで何故か寂しくてたまらず、きちんと自分を見ているのかと不安になる。髪を掻き上げ、また口付けを交わし、
「かざま…っ」
 むせび泣くような孔の声に、ひどく強い愛情と、激しい怒りを掻き立てられる。
 そうしてみたび風間は理性を失い、この恍惚のままに、どうにかしてこの男を独占出来ないものかと思案をめぐらせる。
 互いに我を忘れて求め合いながらも、胸のうちにはどこか静かな風が吹き渡っている。声が上がり熱が上がり、それでもなお、まだ遠いところに離れてしまっているという意識が風間の心をさいなみ続けている。
 いっそのこと、
 ――殺して剥製にでもしてしまおうか。
 そう思った時、孔の悲鳴が闇のなかでかすれ、二人は共に熱を吐き出した。


風間:大学四年六月/2004.08.02


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