光【ヒカリ】:
 ひかる。てらす。かがやく/ひかり(ア)かがやき。光線。あかり(イ)つや(ウ)ほまれ。はえ。名声(エ)いろ(オ)勢い(カ)恵み。おかげ(キ)かざり。いろどり(ク)文物の美。文化(ケ)けしき/ひろい。大いに。ひろく/時間/他人の行動に対する敬称/


 扉の向こうで笑い声がしている。早く出ていってくれないかとスマイルは思う。こんな程度のことでへこむと思われているのだったら、それは大きな勘違いだとスマイルは考えている。
 掃除用具入れのなかは狭くて、埃の匂いが充満している。息は苦しいけれど、それだけだ。ここに居ると落ち着くことを、彼らは知らない。
 いつからか、そんなふうに自分に思い込ませているのだということを、スマイルも知らない。
 やがて笑い声は遠のいていった。スマイルは暗がりのなかでほっと息をついて、横に空いている細い筋から射し込む光を、ぼんやりとみつめる。
 放課後の校内はひどく静かだ。遠くで電車の走る音がする。僕が居なくたって世界は平気で動いている。そんなのは、当たり前だ。
 なにが面白いんだろう。スマイルは用具入れのなかでうずくまり、壁に身をもたげながら考える。僕をこんなところに入れて、なにが楽しいんだろう。いじめっ子連中のなにが変わるわけでもないし、勿論スマイルだって変わらない。
 きっと、明日も普通に生きる。
 今問題なのは、とりあえず今日は塾へ行けなさそうだということ。それだけだった。多分じきにまた連中がやってきて、スマイルを用具入れから引っぱり出し、わけのわからない難癖をつけるに決まっている。毎度のことながら飽きないんだろうか。
 どれぐらいのあいだ、そうしていたのか覚えていない。いつの間にかスマイルは眠ってしまっていた。気が付くと周囲は相変わらずの暗がりで、あれからどれだけ時間が経ったんだろうと考えた時、不意に足音が聞こえた。連中が帰ってきたようだ。
 また外へ出されるのかと思うとうんざりした。いっそのこと、ここで一生暮らしていたい気分だった。スマイルは用具入れのなかで立ち上がり、そっと息をついた。もう僕に構うなよ。誰であろうと、そう言うつもりだった。
「うおーいスマイル、生きてっかぁ?」
 こんこんと用具入れの扉を叩く音がした。思いがけない人物の声に、スマイルはすぐには返事が出来なかった。
「…寝てんの?」
「起きてるよ」
「うお、びびった」
 けらけらという笑い声が聞こえ、続いてつっかえ棒を外す音が聞こえた。そうして扉が開き――スマイルはあまりのまぶしさに、すぐには目が開けられない。
「じゃん」
 全身ぼろぼろのペコが、それでもにっかりと笑って立っていた。
「…どうしたの」
「あいつら、とっちめといた」
 そう言ってペコはスマイルの腕を引き、用具入れから引っぱり出した。そうして体中に付いた埃を払ってくれる。
「お前探してたんよ。道場行こうぜ。オババが新しい技教えてくれるってよ」
 ペコはそう言って、頬についた引っかき傷をわずらわしそうにこすった。まだかすかに血がにじんでおり、手についたそれをペコはぺろりと舐める。
「な?」
 スマイルは一瞬言葉に詰まり、バンソウコウはまだ持ってただろうかと考えた。そして、
「……うん」
 小さくうなずいた。


スマイル:片瀬小学校四年五月/2004.06.14


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