凛【リン】:
 身ぶるいするほど寒い/きびしい。身や心がひきしまる/おそれつつしむ/


 カウントは六対十二。
 台に着きながら孔はやや呼吸を乱し、上目遣いでスマイルを睨みつけている。その視線を無視してスマイルはラケットを肩にかけ、上を向くようにして台の前をふらふらと歩き続けている。
 なにをしているのかペコにはわかる。いつもの鼻唄を歌いながら、世界全部を締め出そうとしているのだ。
 隣の席で小さくオババが笑う声が聞こえた。ペコは目だけを動かしてちらりとその表情を見、すぐに視線を孔とスマイルの台に戻した。
 孔がサーブの構えを取る。スマイルは妙にリラックスした感じでそれを待ち受けている。
 その姿は今までに一度だけ見たことがあった。まだ小学生の時、個人の大会で共に準決勝戦を戦っていた時だ。普段のスマイルらしくない、好戦的な試合だった。理由を聞くと、わからないとスマイルは困ったように言い、
『これに勝ったらペコと決勝戦で戦えると思って…』
 少し照れたようにそう付け加えた。
 その時はなにも考えず、ただ単純に嬉しかった。あの時もスマイルは鼻唄を歌い、時にラケットで球をリフティングした。今と同じように。
 けれど、これは、ちょっと違う。違うというか――。
「シックス・サーティーン」
 孔が球を受け損ねた。腹立ちまぎれに孔はなにかを叫び、フェンスの外側についた男は苦々しい表情でそんな孔をみつめている。
「シックス・フォーティーン。チェンジサーブ、月本」
 孔は大きなため息をつき、床を転がる球を拾い上げる。そうしてスマイルに向かってひどく無造作に放り投げた。スマイルはそれをラケットにぶつけて受け取り、またリフティングを始める。
 傍目にはふざけているように見られる動作。だが、それをスマイルがやっている、ということに大きな意味がある。
 不意に球を手に取り、サーブの構えを取る。フォアサイドから球を放り上げて下回転のカットサービス。孔は一瞬戸惑ったように腕を伸ばし、それでもかろうじてバックサイドへと打ち返した。スマイルはやすやすと動き、孔の真似をしてか鋭いドライブを打ち込んでみせる。
 速い。
 ――やべえ。
 ペコは知らずのうちに唾を飲み込んでいた。
 ラケットを握る手が汗ばんでいる。
 これは、ちょっと、ヤバイ。
 オババがこちらを見ていることにもペコは気付かない。ただじっと二人の台をみつめたまま、喉が渇いたとぼんやり思う。
 ――俺、あのスマイル、怖ぇわ。
 まるで世界のなかで生きているものは自分と、そこへ飛んでくる球だけだと思っているかのような、無機質な表情。
 あんな奴を、俺は知らない。


ペコ:片瀬高校一年六月/2004.06.13


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