倖【サイワイ】:
 さいわい。思いがけない幸運/へつらう/親しむ。お気に入り/


 結局スマイルは俺のことなんか好きでもなんでもないんだよなと、ペコはいささかむくれながら道を行く。
 ことの起こりは、学食で夏季限定販売のかき氷が売り切れていることだった。
 二時間目の途中からどうしてもイチゴ味のかき氷が食べたくて仕方がなくて、それでも卒業するにはもうあまり授業もサボれないからと必死になって昼休みまで我慢したのだ。なのに四時間目が体育で着替えに少し時間を取られてしまい、あわてて学食へ行ったがもう遅かった。
「ごめんねぇ、氷がなくなっちゃってさぁ」
 食堂のおばちゃんの冷たい一言で、ペコのその日は地に堕ちた。仕方なくそのあとスマイルのところへ行って甘えてみたのだが、それが更に追い討ちをかける結果となった。
「なあスマイル、アイス食いたくね?」
「別に」
「オイラ、すっげぇ食いたいなぁ。あっ、今アイス食わなきゃ死んじまうかも」
「ふうん」
「オイラを助ける為にさ、ちょっと学校抜け出して買ってきてよ。練乳入りのイチゴのかき氷」
「自分で行きなよ」
「んな冷てえこと言うなよスマイル。愛してっからさぁ」
「そんな安っぽい愛、僕いらない」
 と、すげなく振られてしまったのだった。
 んだよチクショウ、結局体だけが目的なのかよスマイルのバカっ、と内心で愚痴りながらペコはコンビニに入り、結局いつも通りガリガリ君を買った。そうしてアイスを口にくわえながらだらだらと道を歩いていると、前方に見覚えのある顔を発見した。
「…あに、しけたツラしてんだよ」
 スーパーの買い物袋を手に提げた佐久間が、呆れたような顔をしてペコを見下ろしている。久し振りに見る懐かしい顔に、ペコは思わず深いため息をついた。
「俺の理解者はお前だけだよ、アクマ」
「なんだ、そりゃ」
 佐久間は苦笑して肩をすくめた。
「仕事帰りっすか」
「おう。これからうち帰って飯食いながら一杯やんだ」
「いいなぁ。俺もまぜて」
「構わねえけど、テメーの飲む酒はテメーで買えよ」
「わあってますって」
 二人はそのまま酒を探しながら道を行った。通りすがりに酒屋を発見し、先に佐久間が店の自動ドアをくぐり抜けようとした時、
「――あ」
 ペコが不意に足を止めた。
 佐久間が振り返ると、ペコはアイスの棒をしげしげと眺めて固まっている。
「どうした?」
「…当たりだ」
 そう言って顔を上げ、にっかりと笑い、
「スマイルに見せてこよーっと」
 くるりと回れ右をしてペコは駆け出す。そうしてあっという間に姿を消してしまった。
「……なんじゃ、そりゃ」
 呆気に取られた佐久間の呟きは、勿論ペコには届かなかった。


ペコ:片瀬高校三年九月/2004.06.08


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