詠【エイ】:
うたう(ア)声をながく引いて詩歌をうたう(イ)詩歌を作ること/うた。詩歌/感動などを声に出す/よむ/ながめる(ア)物思いにふける(イ)見わたす/ながめ(ア)物思い(イ)みはらし/
真っ暗な空に巨大な光の花が咲き、それにやや遅れて、周囲のざわめきをかき消すほどの大きな爆発音が鳴り響く。それは腹の底まで届くような大きな音で、いい加減慣れただろうに、時折孔はその音に怯えたように風間の手を握りしめた。
そんな自分を恥じてなのか、孔は絶対にこちらを向かない。風間もそれを承知で、空いている方の手に持った缶ビールを口に運びながら、じっと、真っ暗な空へと消えていく火の粉の姿を眺めている。
「すごいな」
「ああ」
毎年八月に、鎌倉海岸で花火大会が開催されていた。近くに住んでいながら孔は一度も行ったことがないと言うので(どうやら人込みが嫌いらしい)、ならばと誘ってみたのだ。
早めに出かけてきたのだが、それでも予想どおり辺りはものすごい人込みだった。結局追いやられるようにして、会場から少しはずれた駐車場のそばの木にもたれかかりながら、二人は空を見上げている。互いの体の後ろでこっそりと手をつなぎつつ。
「こんなに大きい音だと思わなかった。アパートで聞こえる筈だ」
「どこか広い場所へ行けば見えるのではないか?」
「だけど、いい。ここへ来れば見られる。ここはあまり人が居ない」
孔の言葉の最後は、再び発せられた大きな爆発音によってかき消されてしまう。二人はまた空へと視線を投げて、夜空に咲いた大輪の花を、声もなく眺めた。
風間は、花火が広がった瞬間よりも、そのあとの散っていく火の粉を眺めるのが好きだった。それはきらきらと輝き、まるで無数の流れ星を見ているようで、ひどく幻想的だ。
「呆気ないものだな」
不意の呟きに、孔が振り返った。
「あの一発の花火を作る為に、半年以上も時間をかけているそうだ」
「そんなにか」
「ああ。なのに、一瞬で消えてしまう」
夜空の花火が、ほんの少しだけ孔の横顔を照らしてくれる。まるで子供のようにあどけない表情で空をみつめている様が見て取れた。
「…だから、あんなにきれいなのか」
「そうかも知れん」
ほんの一瞬で散ってしまうはかない命。
「すごいな」
また花火が上がった。今度は恐れることなくその大きな音を聞き、そうして孔は、そっと手を握りなおす。
「きれいだな」
空を見上げるその横顔は、なんだか夢を見ているかのようだ。風間は小さくうなずき、孔に隠れてこっそりと微笑みながら、
「ああ。――きれいだ」
風間:大学二年八月/2004.06.02