焔【ホノオ】:
もえる。もえあがる/やく/あつい/ほのお。もえ上がる火/激しい感情のたとえ/
まだ小さい頃、ペコたちと将来の夢というものを語り合ったことがある。
ペコは勿論「卓球の世界チャンピオン!」、スマイルがなんと言ったのかは覚えていない。そして佐久間は、
「テメーが世界チャンピオンなら、俺は宇宙のチャンピオンだな」
確かそう言って、ペコとケンカになった。
神社で殴り合いをしている自分たちを、スマイルは困ったような顔をして、それでもなにも言わないまま遠巻きに眺めているだけだった。
――あいつは、
道を歩きながら佐久間は思う。
――いつも、俺たちの後ろにくっついていた。
並んで歩いたり、前へ行くことなど殆どなかった。いつも影のように、言葉もなく、静かにあとをついてきた。だから佐久間は時々スマイルの存在を忘れることさえあった。後ろから不意に声をかけられて、それでようやくそこに彼が居たことを思い出す。そんなことはしょっちゅうだった。
そんな奴だったのだ。
目に止める必要などどこにもなかった。戦績だって自分の方が圧勝することが多かった。九十六勝三十七敗。それが今日までの、対スマイル戦の試合結果だ。誰が見たって俺の方が勝っているに決まっている――そう佐久間は思っていた。あの風間のコメントを目にするまでは。
『我が海王の復活には、片瀬高校の月本くんレベルの選手が必要であり――』
――有り得ねぇ。
だが風間が伊達にそんな発言をする人物でないことは重々承知していた。風間は余計なことを言ったりはしない。そして必要な言葉を控えることもない。あの発言は、考えたくはないが、彼の本音なのだ。
けれど佐久間がそれを信じるわけにはいかなかった。素直に受け入れてしまったら、今までの努力が全て無駄だったと認めることになる。
そんなわけにはいかない。だから佐久間はここへ来た。
入口にかかった黒いカーテンを引き開けながら、佐久間は思う。
――俺が奴に勝つことなんざ、ガキの頃から決まってんだ。
十年近くもかかって築き上げてきた大事な「日常」を、あんな奴に呆気なく崩されるわけにはいかない。不意の闖入者に何故か真っ先に気付いてこちらを見るスマイルの姿をみつけ、佐久間はその顔を睨みつけたのち、大声を張り上げた。
「押忍! 自分は、海王学園一年、佐久間学であります。本日は、月本選手と試合させていただきたく参上しました!」
――テメーなんざに、負けるわけがねえんだ。
絶対に。
佐久間:海王学園一年十月/2004.05.27