潤【ウルオウ】:
 うるおう(ア)ぬれる。ひたる(イ)恵みを受ける。(ウ)りっぱにする。かざる(エ)つやがある/うるおい(ア)うるおうこと(イ)しめりけ。水分(ウ)恵み。恩恵(エ)利益(オ)つや(カ)飾り/


 互いに、ずっと言葉はなかった。
 ただ手を握り合ったまま、別々の体をどうにかして一つにつなげようと、熱い息を交わすだけだ。
「あ…あっ!」
 深い突き上げにペコは身をのけぞらせた。
 快楽のうちにも、もしかしたらこれが最後になるのかも知れないという悲しみから逃れられず、ずっと泣き続けている。それを知ってか知らずか、時折慰めるようにスマイルが頬を撫でては唇を重ねてきた。夢中になって舌を絡め、互いを味わい、暗がりのなかでじっと顔をみつめた。
 なにか言いたそうな気配はずっと漂っている。それでもスマイルは言葉を呑み込んだまま、また突き上げ、ペコはその背中にしがみつき、ただ熱だけを感じている。
「ペコ」
 暗がりのなかで聞こえるその呟きだけが全てだ。
 ほかにはなにもいらない。
 自分を求める熱い声、悲しみに震える寂しい呟き、陶酔したような、それでいてどこか怒りを覚えているような、不思議な声。
「ペコ」
 ――俺を呼ぶ、唯一の声。
 暗がりのなかで、ペコの全てをその呟きが支配している。
 終わらなければいいと何度も思った。終わらないでくれと何度も願った。それでも必ず終わりの時はやってきて、一つだった瞬間は煙のように消えてしまう。
 自分の口から洩れるか細い悲鳴をまるで他人事のように聞きながらペコは熱を吐き出し、スマイルの背中にしがみつく手に渾身の力を込める。それに応えるようにスマイルはペコの体を強く抱きしめ、そうして、互いの荒い息遣いを暗闇のなかでじっと聞く。
「…なあ」
 涙を飲み込み、まだ乱れた息のまま、ようやくペコは口を開いた。
「明後日さ」
「……」
「見送り、来んなよ」
 スマイルはじっとしたまま動かない。ペコは背中に回した手でもう一度抱きなおして、
「絶対に来んなよ」
 そう念を押した。
「…わかってるよ」
 暗闇のなかでスマイルは笑い、息を呑み、こらえきれなくなったように唇を重ねてきた。
 そうして抱き合ったまま、ずっと二人は動かなかった。濃密な闇のなかに二人の気配が充満している。互いに手を動かして相手の体に触れながら、その熱さだけを感じながら、それでも今だけはこの空気に溶けていようと、また唇を重ねた。
 今なら辛いことを全部忘れていられるのに、今この瞬間は、いつだって呆気なく過ぎ去ってしまう。


ペコ:片瀬高校卒業三月/2004.05.25


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