水【ミズ】:
みず(ア)雨水・わき水など、自然現象と人間生活に重要な液体(イ)河川・湖沼など、水のある所(オ)水分の多いもの。溶液(カ)水に似た形状のもの。液体/水をくむ/横に平らな/五行の一つ(ア)方位では北(イ)時節では冬(エ)五色では黒(カ)五常では智/(イ)さそい(ウ)じゃま「水入らず」/
昼過ぎから陰鬱な雨が降り始めていた。
ただでさえ暗い教室のなかは午前中から蛍光灯が灯され、やがて訪れるであろう厳格な冬の到来をひしひしと感じさせられる、気の重い午後となった。
三年生の大半は受験に向けて忙しい毎日を送っていた。この時期気楽で居られる生徒は、短大の推薦入試を既に合格した女生徒か、数少ない就職組で内定が出た生徒、そして、
「スマイルー、かえろーぜ」
おかっぱ頭のこの少年ぐらいのものである。
「お前、傘持ってる?」
「あるよ」
「ラッキ、入れてってくんろ」
とはいえ、スマイルが持っているのは折り畳み傘だ。小さな傘のなかで、二人は肩を寄せ合って地元の商店街を歩いていた。
「寒いっすね」
「そりゃ、もう十一月も終わるからね」
「――なあ、肉マン食いたくね?」
コンビニの脇を通りかかった時、不意にペコがそう言った。
「肉マンジャンケン?」
「いっちょ、やりますか」
二人は足を止めてジャンケンをする。二回ほどあいこになったのち、結局スマイルが負けた。
「おいら、特製肉マンね」
そう呟いたペコを憎々しげに振り返りながらも、スマイルはコンビニのカウンターに向かう。そして肉マンを二つと、缶入りのお茶を二本買った。
「はい、おまちどうさま」
ビニール袋を差し出すとペコは嬉しそうに受け取った。二人はコンビニの脇に座り込み、スマイルの傘のなかでしばしの休憩を取る。
「…なんかさ」
傘の縁から空を見上げて、降りかかってくる雨粒に目を細めながらペコが呟いた。
「なんか、行動として、間違ってる気がする」
「まあね。わざわざ雨のなかで食べることもないよね」
「でも持って帰ると冷えるしな」
「片手で食べるの、面倒だし」
早々食べ終わったペコは、肉マンが入っていた袋をふくらませ、バシン! と大きな音を立てて潰している。けらけら笑いながらお茶の缶を手にしたペコの口元に、肉マンのカスがこびりついているのをスマイルは発見した。
「ペコ」
「あん?」
振り返ったペコの口元に唇を寄せて、スマイルはカスを舐め取った。ペコは舐められた場所を手で押さえて、
「……だから、いきなりすんなって…!」
スマイルはお茶を飲みながらにやにや笑ってみせる。
「…やーらしーかおー。スマイルさん、へんたーい。変態出現でーす」
そうさせているのは誰のせいだとふとスマイルは思ったが、口にはしなかった。代わりに、「じゃあ、前もって言えばいいの?」と聞いてみる。
ペコは返答に困ってうつむきながらも、
「まあな」
ぽつりと呟いた。
「じゃあ、キスさせて」
「……あとでな」
くすくす笑いながらスマイルは立ち上がり、まだ困ったようにこちらを見上げるペコに手を差し出した。
「帰ろう」
僕の部屋に。
スマイル:片瀬高校三年十一月/2004.05.19