澄【スム】:
 すむ。すんでいる(ア)水などが清くにごりがない(イ)光・空、また音などがさえてすんでいる/すませる。きよらかにする/まじめな顔をする。気どる/


 時々なにかの音を聞いてペコは振り返る。
 耳はある意味商売道具でもあるから、昔からずっと大事にしていた。ヘッドホンで音楽を聴く時も必要以上に音は大きくしない。目を閉じて神経を集中させれば、案外小さな音でも、音楽の世界にひたることは可能だ。目を閉じて、音の世界に意識を遊ばせ、そうしながらも、時折ペコはなにかの音を聞く。
 目を開けると、必ずそこにスマイルが居る。こちらを見ていることは殆どない。大抵はそっぽを向いてルービックキューブで遊んでいる。
「あに?」
 ヘッドホンをはずしてそう聞くと、スマイルの方が驚いたように顔を上げてこっちを見る。
「なにが?」
「今、呼ばなかった?」
「…別に」
 おっかしいの、そう呟いて、またペコは音楽を聴く。そうして音の合い間にまたなにかの音を聞いて――それは音楽のリズムから完全にはずれている――ふと目を上げる。
 時々、スマイルと視線が合う。
 スマイルはそんな時、何事もなかったかのように視線をそらせて、自分の世界に閉じこもる。ルービックキューブをかちゃかちゃともてあそびながら、意味もなく鼻唄を歌い、そこにペコが居ることなど知らないかのようにふるまう。
 ペコはまたヘッドホンを耳に当てて、そうしながら、じいっとスマイルの姿を見上げる。
「……なに」
「別に」
 にしし、と笑いながらペコは言う。
「おっもしれぇなぁ」
「なにが」
「――ないしょ」
 むっとしたようにスマイルは眉根を寄せて、そっぽを向いた。吹き渡る風にふと目を細めて、ペコは机に突っ伏し、窓の外に視線を投げた。初夏の清々しい青空に、ぽっかりと大きな雲が浮かんでいるのを見上げながら、おもしれえ、とまた思う。
 ――気持ちって、ちゃんと聞こえるもんなんだな。
『ペコ』
 多分、どこに居てもその声を聞くだろう。ペコはそう思った。小さい時に約束したのだ、ピンチの時にはオイラを呼べ、と。
『ヒーロー見参、ヒーロー見参、ヒーロー見参…!』
 それは、とある人の、助けを求める声。
「スマイル、タムラ行こうぜ」
 ペコは不意に身を起こして立ち上がる。
「一発勝負しましょうや」
「…別に、いいけど」
 面倒そうな顔をしながらもスマイルは立ち上がる。その顔が、わずかに嬉しそうに笑っていることは、ペコにしかわからない。
 そのかすかな笑顔が、スマイルの、ペコに向けた小さな音だ。


ペコ:片瀬中学三年七月/2004.05.16


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