謀【ハカリゴト】:
はかる(ア)考えをめぐらす(イ)人に相談する(ウ)企てる。計画する(エ)たくらみ陥れる/はかりごと。くわだて。計略/
朝から風間は落ち着かなかった。それもその筈、今日は孔が十ヶ月振りに日本へやって来るのだ。久し振りの再会で落ち着いていられる方がおかしい。
飛行機は昼過ぎに着くという話だったが、なかなか孔は出てこない。税関手前の到着ロビーでイライラと風間は出ていく人の顔を眺めては目をそらす。万一ロビーですれ違ってしまった時は携帯に電話をしろと言ってあるが、伝言が入っている様子もない。壁に寄りかかり、到着済みの飛行機の名前が連なる電光掲示板を見上げ、時計を眺め、また人ごみに視線を投げる。
懐かしい顔に出会えたのは、それから三十分も経ってからだった。
「風間!」
孔の元気な声が風間を呼んだ。風間は「やあ」といつもの落ち着いた声で笑い返し、安堵のため息と共に孔を出迎えた。
「ずいぶん時間がかかったな」
「荷物の検査がうるさい。違法のものはなにも持っていないのに、中国人だと全部調べられる」
そう言いながらも、孔はそわそわと辺りを見回している。「どうした?」と聞くと、
「風間、トイレはどこだ」
「トイレ?」
同じように辺りを見回してトイレの表示板を発見し、二人は歩き出した。孔は大きなスポーツバッグを背負っている。荷物を引き受けて、風間はトイレの脇の壁に寄りかかった。
――なんというか、
思わず苦笑が洩れる。
――色気のない再会だな。
「風間」
声に振り返ると、入ったばかりの孔がトイレのなかから顔だけ出して風間を手招きしていた。
「どうした?」
「来い」
言われて、仕方なく風間はトイレに入る。なかには誰も居ない。
「こっち」
そう言って孔は風間の手を取り、個室へと引っぱっていく。
「おい、」
「いいから」
孔は先に風間を個室に押し込め、自分もなかに入ると扉を閉めて鍵をかける。なかは意外に広い。
「荷物」
小声で呟いて孔は風間の肩から荷物を受け取り、棚に置いた。そうしてあらためて風間の顔を見上げると、にい、と笑って不意に抱きついてきた。
「…この為の、トイレか」
呆れて呟くと、孔はすねたような顔で風間を見返した。
「久し振りに会ったんだ」
「――場所に色気がないがな。まあ、いい」
そう言って風間は苦笑し、孔の体を抱き返す。頭を撫で、ビー玉のような真っ黒な目をみつめ、そっと唇を重ねる。すぐに離してみつめあい、また重ねた。舌の絡まる感触に孔がかすかに悲鳴を洩らした。久し振りに聞くその声に、ふと体が熱くなる。
「元気だったか」
小声で聞くと、孔はそっと風間の腕をさすり、小さく笑った。そうして唇を重ねてきた。
「頼むからそんな目をするな」
じっとこちらを見上げる目に困って、ふと風間は視線を落とした。
「何故?」
からかうように孔が聞いてくる。
「たまらなくなる」
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑いあった。そうするうちに誰かの話し声が扉の向こうから聞こえてきて、あわてて二人は口を閉ざした。息を凝らしながらまた目を見合わせ、くつくつと声を殺して笑いあう。
そうして、そっと唇を重ねた。
――結局、出られるまでに十分近く待った。
風間:大学卒業三月/2004.05.07