雷【イカヅチ】:
 かみなり。いかずち。なるかみ/とどろく。大声の形容/激しい。また、激しく音をたてる形容/速い形容/威厳のある形容/


 砂を蹴っ飛ばすようにしてペコは砂浜を歩き続けている。むっつりと黙り込んだ背中になにも言えないまま、後ろからスマイルがついてきている。それを知りながらも、ペコは同じようになにも言えない。
 練習試合に負けたぐれえでいちいち泣くなとオババの声がペコを叱っている。そんなことを言われたって、悔しいものは悔しいのだから仕方がない。打ち寄せる波にふと目をやり、ペコは不機嫌そうに舌打ちをして、また歩く。
「百年ぐれえ経つとさぁ」
 後ろも見ずにペコは口を開いた。
「ハワイまで泳いで行けるようになるんだってよ」
「……」
「なんか、ハワイが近付いてくるらしいぜ」
「……」
「なんで島が動くんかね」
「地殻変動のせい」
 でも百年じゃ無理だよとスマイルが呟いたような気がしたが、ペコは無視して足を止めると海の向こうを眺めた。
「いいよなぁ、ハワイ。行きてえなぁ」
 ワイハだぜワイハ、と呟いてニヒっと笑い、むなしくなってまた歩き出す。
 試合に負けて泣いたあと、嫌な気分になることはわかっていた。情けない自分にふと気付いて、余計嫌になることぐらい、これまでの経験からもういいというほど学んだ。それでも単純に負けるのは悔しいのだ。まるで全人格を否定されてしまうかのような気がして、ペコは泣かずにはおれない。まだ辞めないぞと言う代わりに、ペコは泣く。
 ――てっぺん取るまではやめねえぞ。
「ヨーロッパ行くぜ」
 ぽつりとペコは呟いた。
「ワイハもいいけどよ、やっぱドイツだよな」
「……」
「ドイツ行って、てっぺん取んだよ。この星の一等賞だ」
「……」
「首根っこ洗って待ってやがれよ、こんちくしょーがっ!」
 海の彼方に向かってペコは叫ぶ。吹きつける風に髪を揺らされながら、ペコは思いっきり砂を蹴りつける。
「ペコ」
 呟きに振り向くと、スマイルは後ろの方へと腕を伸ばして、
「多分、ドイツは、あっち」
「……お前、一言多いんだよ。人がせっかくやる気になってんだから、邪魔しねえでくれろ」
「…ごめん」
 ぶらぶらと、それでもさっきよりかは幾分か気分良く砂浜を歩きながら、突然ペコは振り返った。
「スマイル、アイスじゃんけん」
 驚いたようにスマイルは目を見張り、そうしながらもじゃんけんをする。いつだってスマイルは最初にグーを出すことを知りながら、ペコはチョキを出す。そうしてわざとらしく悔しそうな顔をして、「ガリガリ君でいいよな」と呟いた。
 道路に上がる階段を昇りながらペコはまた海に振り返り、待ってやがれと心のなかで吐き捨てる。誰も追いつけないほどのスピードで、いつか必ず、そこへたどり着いてやる。


ペコ:片瀬小学校六年五月/2004.05.03


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