明かりをつけると、まだ靴も脱いでいない風間に抱きついて唇を重ねた。酔いのせいか、唇が離れる合い間に吐く息はひどく熱い。痛いほどに抱きしめられながら舌を絡め、吸った。
「…ん、ふ…っ」
いつもとなんら変わりない行為の筈なのに、風間の手が動くたびに孔の体は快感の波に揺れ、下半身がじんわりとしびれてくる。
唇を離すと、風間がじっと目をのぞき込んできた。おかしそうに、それでいてどこか心配するような瞳が、やはり酒のせいかかすかに潤んでいる。
「どうしたんだ?」
「なに…」
「ひどく――」
そう言って言葉を切り、困ったように少し笑って、それから急に真剣な表情をした。
「いやらしい顔をしている」
精一杯理性を保つ瞳のなかに、わずかにさげすむような視線を感じて、孔の体は熱くなる。目の前に立つ男が幻ではないことを確かめる為に片手で風間の髪を梳いて、軽く唇を重ねた。そして同じように風間の目を見返しながら、それでいい、と孔は思った。
「風間のせいだ」
――それでいい、もっと俺を嫌え。軽蔑しろ。
突然唇が重ねられた。勢いに歯がぶつかり合ったが、風間はそんなことなど気にしない。音を立てて舌を吸い、互いをむさぼりあう。あまりの快感に孔は意識が遠くなりかけて、思わず足から力が抜けた。風間はあわてて孔の体を抱き寄せ、
「靴のままではベッドに上がれんな」
そう言って笑った。
耳元でささやくそんな言葉にすら、孔は感じてしまう。
ベッドに向かい合って座ると、孔はまた口付けながら風間の着ているシャツのボタンを一つずつはずしていった。酔っ払っているせいか手が上手く動かなくて、ひどくもどかしい。それをおかしむかのように風間は小さく笑い、孔が着ているTシャツの裾から手を差し込んだ。
「は…っ」
背中をさすられて、孔は小さく悲鳴をあげる。それでも、快感の波に押し流されないよう歯を食いしばりながらなんとかボタンを全部はずした。そしてあらわになった風間の肩に唇を押し付ける。そうしながら風間にTシャツを脱がされて、髪を整える為に孔は首を振った。
ゆっくりと、いとおしむかのように、孔は風間の胸のあちこちを吸った。風間の手はずっと孔の頭を撫でている。時に首筋をさすり、頬に触れるその手は、ひどく熱い。
「そこはやめてくれ」
孔がへその辺りを舐めると、風間の体が跳ねた。
「駄目か」
「くすぐったくて、たまらん」
風間の顔を見上げて、くすくすと笑いながら孔は、風間のベルトに手を伸ばす。
「孔?」
戸惑ったような風間の声も聞こえない振りをする。そうしてベルトをはずしてジッパーを下げて、下着のなかで苦しそうにしている風間のものを取り出した。
「おい、ちょっと待て孔、孔…っ」
制止の声を無視して孔は風間のものに舌を這わせた。むっと鼻につく雄の匂いに、孔は陶然となる。何度か舌で舐め上げてから、孔は口にくわえた。そうしていつも風間がするように舐め回しては吸い上げる。風間が吐き出した、はあ…っという深いため息にたまらなく腰が熱くなる。頭に乗せられた手は時に痛いほど髪を引っぱった。そうされるたびに孔はいっそう激しく舌を使う。
「…もう、いい」
ぎゅうと孔の髪をわしづかみにして風間が小さく呟いた。怒りのこもったその声に孔の体は震えた。口を離すと、蹴るようにして風間は下着ごとズボンを脱ぎ、乱暴に孔を押し倒した。そうして孔の体の上にのしかかって、じっと顔を見下ろしてくる。
逆光のなかでひどく怒りを我慢しているような風間の顔が恐ろしくて、孔は目をそらす。唾を飲み込むと、喉の奥でわずかに風間の味がした。
風間の手が動いてジーパンを脱がされた。空気に晒された素肌はわずかにひやりとしながら、芯は熱い。風間の顔を見るのが怖くてそっぽを向いたままでいると、突然奥に指が挿し込まれた。
「や…っ」
「嫌なのか?」
からかうように笑っている。
「こちらはもうこんなだぞ」
そう言って、風間は孔のものをきつく握った。
「や、や…っ、あっ」
孔は目をつぶって首を振りながら風間の腕にしがみついたが、風間はそれをわずらわしそうに振り払ってしまう。そうして孔のものを握る手を動かしながら、奥に挿し込む指の数を増やす。嫌々をするように孔は首を振るが、風間の手の動きは止まらない。
「は…っん、ん、やぁ…かざま…」
風間の指の動きに合わせるようにして自分が腰を振っているのがわかった。
不意に自分のものから風間の手が離れ、孔は驚いて振り返る。
風間が笑ってこちらを見下ろしている。今までに見たことのない、ひどく残酷そうな笑顔だ。恐怖と羞恥に孔は頬を染めた。
「欲しいか?」
そう聞かれて、更に恥ずかしくて、それでも欲しくてたまらなくて、孔は小さくうなずいた。
――それでいい。
風間は孔をうつ伏せにすると腰を高く持ち上げた。あらがおうとしたが、体に力が入らなくて、孔はわずかにシーツに指を立てる。そうして風間のものがあてがわれ、一気に突き入れられて、
「はあっ!」
しがみつくようにシーツを握りしめる。
「力を抜け」
命令するような口調に快感すら覚えた。ゆっくりと息を吐き、体の力を抜くと、更に風間が押し入ってくる。奥まで入りきると、風間は孔に覆いかぶさり、首筋で熱い息を吐いた。
「あっ……あ、はぁ…」
痛みにしびれる指を、救いを求めるようにシーツに立てる。風間の唇が首筋からうなじへと這い上がるにつれて、痛みのなかに快感が生まれてくる。もっと欲しいと思い、もうやめてくれとも思い、どうにも出来ずにただ孔は首を振った。
風間が腰を引くと、痛みが全て快感へと変わった。夢中で声を上げて、体の奥で肉がこすれあう感覚にひたすら酔った。
「あ…んっ、ん…はあ、あ!」
シーツを握る右手に風間の手が重ねられる。すがりつくようにその手を握り、ただ達することだけを考えた。
不意に孔のものに風間の手が触れた。
「やっ!」
悲鳴をあげて孔は体を震わせる。
「嫌か?」
嫌なわけはなかった。ただ前と後ろの両方から受ける刺激のあまりの強さに、孔は我を忘れた。ひたすら首を振って声を上げ、腰を動かし、快感の波に溺れようとする。
「あ、あっ…は…っ!」
あともう少し、あともう少しで、終わる。なのに、風間はその直前、動きを止めて、孔からも手を離してしまう。
「やぁ…っ」
懇願するように風間を見返すが、相変わらず残酷そうな笑顔でこちらを見下ろすばかりだ。
「嫌なんだろう?」
「ちが…かざま、」
「なんだ?」
おかしそうに笑っている。
――もっとだ。
もっと軽蔑しろ、もっと嫌え。
せがむように腰をくねらせても風間は動かない。なだめるように左の手も重ねられ、強く握り返したが、それはただの慰めではなかった。
風間は片手で孔の両手をつかみ、身動き出来ないようにしておいて、そっと孔のものに触れた。
「あ…っ」
止まってしまった快感の波が、再び騒ぎ出す。
風間は指先でそっと孔のものに触れては手を離す。じりじりとあおるようなその仕種に、孔はたまらず首を振った。
「や、や…っだ、か、ざま…っ」
「だから、触っていない」
そう言って耳元で笑った。
「ちがっ…やっ、ん」
「なんだ?」
あえぐように息を吸って孔はシーツに顔をうずめた。せがむように腰を振り、洩れ出る声を抑える。
――イキたい。
考えられるのはそればかり。
「欲しければ自分でしろ」
ぶっきらぼうにそう言って風間は孔の左手を放す。
孔はそろそろと手を下へと持っていきながら、それでも背中に風間の視線を感じて、なかなか触れることが出来なかった。
「欲しいんだろう? そんな顔をしているぞ」
「……っ」
羞恥に耳まで赤く染め、目の端に涙をにじませながら、孔は自分のものに手を触れた。とたんに快感が体を突き抜けて、止まらなくなる。
「はっ…んん、んぁ…っあ、」
「――淫乱が」
さげすむようにそう吐き捨てると、突然激しく突いてきた。
「や、あっ!」
孔は体を支える為に左手をベッドについて風間が突き上げるままに身を任せた。もどかしげに風間が孔のものを握り、上下にしごき始める。
「あっ、あ…っ、かざま、風間…っ!」
夢中でその名を呼んでは、重なる右手を握りしめる。それに応えるかのように風間は激しく突き上げ、うなじを強く吸い、熱い息を吐きながらうそのようにやさしい声で孔の名前を何度も呼んだ。
「はあっ…、あっ、あ…っ!」
「……孔…っ」
風間の手のなかに精を放ち、体の奥に風間の熱を感じながら、遠ざかる意識の底で、それでいい、と孔は思う。
それでいい…。