孔の体を抱きしめたまま、スマイルはじっと黒髪のなかに鼻先をうずめている。そうして静かに呼吸を繰り返しつつ、ずっと、二度と忘れることのないようにと、孔の匂いをかいでいる。
「…甘い匂い、と言ったか」
「うん…」
孔はわずかに呼吸を乱し、熱くなったスマイルの背中に腕を回して、同じようにスマイルの息遣いに耳を澄ませていた。
「いい匂いだよ。食べちゃいたいぐらい…」
「…食べられるのは、困るな」
そう言って孔は小さく笑った。
「いいじゃん、食べさせてよ。僕のなかで一緒になろうよ。血と、肉と、骨になってさ、ずっと一緒に居られるよ」
孔の頬に手を当てて、そっとキスをする。
「でも、こうやって抱けないのは、嫌だな」
「お前は本当にわがままだな。子供みたいだ」
「どうせ子供ですぅ」
「甘ったれが」
そう言って孔は笑いながらスマイルの髪をつかみ、引っぱった。
「…日本に来て、何年経った?」
「五年…だな」
「長いね」
「そうだな…」
「上海には、戻らないの?」
「さあな。今は別に戻りたいと思わないし、戻りたくないのでもない。機会がないから日本に居るだけだ」
そっとスマイルの顔を抱き寄せて、唇を触れた。
「お前に振られて、上海に泣いて戻るか」
「いいね。おっかけてくから住所教えて」
「私と同じ苦労をしてみろ。嫌でも大人になる」
「言葉、勉強しなくちゃ」
そう言ってスマイルは唇を重ね、
「孔が教えてよ」
「私の指導は厳しいぞ」
「うそだよ、すごいやさしいよ」
「そうか?」
「そうだよ。きちんと相手のこと見てさ、やり過ぎないし甘やかさないし、すごく上手いよ。辻堂行った時、ホントに感心したもん」
「お前も案外、上手かったな。加減がいい」
「ホント?」
「ああ。私も、感心した」
「じゃあ大丈夫かな」
「――なにがだ」
孔はふと顔を引いた。
「先生になろうかと思ってさ」
「なんの先生だ?」
「学校の先生。多分小学校かな。小さい子の相手は道場で少しやってたんだ。みんなうるさいぐらい元気でね、時々うんざりするけど」
「…思うほど簡単ではないぞ」
「わかってるよ。でも…やってみたいんだ」
「そうか」
スマイルの髪に手を差し入れて、またキスをする。
「頑張れ」
「うん。でもまあ、とりあえずこれから新しく授業受けたり試験受けたりで、まだなれるとも決まってないんだけどさ」
「しかし、お前が子供の相手とはな…」
「変?」
「少しな。と言うか、子供が子供の先生というのも――」
「うるさいなぁ。ここはちゃんと大人だろ」
そう言ってスマイルはぐいと腰を突き上げた。
「あん…っ」
孔は不意に身をすくめてスマイルの腕にしがみついた。
「…孔のなか、あったかい」
孔の首筋をきつく吸い上げてスマイルは笑う。
「ずっとこうしてたいね」
「…そうだな」
「朝なんか、来なけりゃいいのにね」
「そうだな…」
そうしてまた二人は静かに抱き合う。互いの鼓動の揺れに身を任せ、そっと唇を重ねて、触れては離し、また触れる。そうしていつしか激しく舌を絡めあい、互いをむさぼりあう。熱に包まれたそれをスマイルはわずかに引き、そうして突き上げる。
「あ…っん、…はぁ…っ、あん…っ」
「…なんでこんなに気持ちいいんだろうね」
「さ、あな……あっ! あん…っ、あ…!」
「きっと神様からのプレゼントだね」
「え…?」
「他人同士がくっつきたくなるようにって、わざわざ作ったんだよ」
「は…っあ、…あ…っ、あぁ…!」
敏感な一点に触れるのか、孔は背中を大きくのけぞらせスマイルの腕にしがみついた。そうしながらも、なにが楽しいのか小さくくすくすと笑った。
「なに?」
思わず動きを止めて問い質す。
「その考えは、確かに子供向きだと思ってな」
「またバカにしてるの?」
「いいや」
スマイルの首に両手をかけて顔を近付け、キスをして、ささやいた。
「お前はきっといい先生になる」
「努力します」
そうして二人とも小さく笑いあいながらまた唇を重ねた。
「孔」
髪を撫でながら呟いた。
「好きだよ」
孔はなにも言わないままぎゅうと首にしがみつく。
かすかにしゃくりあげる声が聞こえた。そっと慰めるように髪を撫でながらスマイルは何度もキスをする。
「月本」
「なぁに?」
唇が重ねられた。
「いっぱい、して」
重ね返す。
「喜んで」
暗がりのなかで微笑んで、スマイルはまた腰を引く。そうして一気に突き上げた。
「あぁ…っ! は…あ…! あんっ、あ…!」
首にしがみついた手は既に熱く、ゆっくりと撫でさするようにしてそっと肩へと下りてゆく。
「あん…っ、あ……あぁっ! は…っん、」
そうして腕にしがみつき、腰をなぞり、背中を抱きしめ――そうしながら孔は、まるで腕のなかにスマイルの体を記憶させようとしているかのようだった。スマイルは両肩を抱くようにして顔を近付け、孔の髪を撫で上げながら、あられもない嬌声にじっと聞き惚れる。
「あ…あっ、はぁ…! あんっ、あ…ん!」
また孔の手が首に回り、恍惚のうちにスマイルの顔を撫で回す。笑いながらスマイルは片手を取り、痛いほどに手首を握りしめてベッドに押し付けた。
「あんっ! あ……あぁっ! はん…っん、あ…ん!」
立てた爪が痛いほど首に食い込む。痛みが強くなればなるほど、スマイルの突き上げは激しくなった。
「あん…っ! あっ、…は…あ! あんっ! あ…!」
「孔…」
握りしめた手に口付けし、力の抜けた指をくわえて舐め回し、かすかに逃げるようにして引く腕をしっかりと握りなおしてその腕に噛み付いた。
「や…っ、あ…っ! はぁ…っ、あんっ! あ…っ、あ…!」
孔の締め上げがきつくなる。のけぞらせた首筋をきつく吸い上げ、乱れた息を吐き出しながら唇を重ね、甘い匂いに陶然となりながらまた突き上げる。
「は…ぁ…! あんっ! …っあ、…も、いい…っ」
「…え?」
「あんっ! も……殺せ…っ、あぁっ!」
「……」
「殺して…お前のなか……っ、…入れてくれ…っ」
溶けて、一つになって、
「…いいの?」
「は…っ、あっ! あんっ! あ…ぁ…!」
「ホントに殺しちゃうよ…?」
「いい…っ、あ…! あぁっ! いいから、早く…っ、あ…!」
「…じゃあ、殺しちゃお」
握っていた手を放し、両足を抱え、腰に手を当てて音がするほどに突き上げ始めた。
「ああっ! あっ、あんっ! あ…んっ! やぁ…!」
「殺す前に楽しまなくちゃね」
「ばっ…あんっ! あ…っ、はぁっ! …あっ、あん…っ!」
「孔の淫乱」
「あんっ! あ…ぁ…っ! あんっ、あ…っ! はあ…!」
「…大好きだよ…」
熱い手が首にしがみつき、我を忘れて悲鳴をあげる。喉の奥から絶え間なく洩れる甘い悲鳴に、やがてスマイルも陶然となり、ただ激しく腰を打ち付ける。髪をまさぐり、舌を絡めあい、息を交わしてはまたつながる部分に意識を集中させ、ただ高みへと昇り続ける。
不意に雲のなかを突き抜ける感覚を覚えてスマイルは目を閉じた。かすみがかった視界の向こうに青くきれいな空が見えて、天国に居るってこんな気分なんだと、熱を吐き出しながらスマイルは思った。