裸のまま部屋を放り出されるかと思っていたのに、あにはからんやそれはなく、むしろぎゅうと痛いほど抱きついてきて、しばらく解放してくれなかった。だたベッドに入る前に背中合わせで座り、孔が二本ほど煙草を吸うあいだ、じいっと押し黙られていたのは辛かった。自ら生み出した苦痛とはいえ、長い長い十分間だった。
恐る恐るベッドに入り、孔がまた抱きついてくるのを確認してからスマイルは腕を伸ばした。そうしてじっと息を殺しながら、二人は眠りにつくことも出来ず、長い沈黙のなかで闇をみつめていた。
お互い、どうしたら良いのかわからずにいた。目の前に居るのは自分とそっくりな人間で、自分でどうしたら良いのかわからないのだから、相手になにかアドバイスをしてやることなど出来っこなかった。そんなことが可能なら、まず自分をなんとかしている。
――身代わり。
あの怒りがどこから来たのか、スマイルは未だにわからない。目の前で、自分のものであれほどによがり、そうしてもっとしてくれとせがまれながら、何故あんなにも腹が立ったのか。
同情?
…結局のところ、自分はなにに嫉妬しているんだろう。孔が誰かのことを忘れていないのは、自分が孔を抱くたびにペコを思い出すのと同じことだ。そうしながらも孔を好きだとも思い、大事にしたいと思いながらも結局は、心のどこかで切り捨てたいと思っている――ペコの時と同じように。
多分、誰かに惹かれるのが怖いのだ。自分で自分を止められなくなる。どこまでもしがみついて、そうして嫌われるのが、怖いのだ。孔と同じだ。いつか捨てられるのが怖い、だから自分から捨ててしまえと――必要以上に相手を傷付ける。意味も無く、お互いを傷付けあう。
――バカだな。
ただのバカだ。
スマイルが小さく自嘲の笑みを洩らした時、腕のなかで不意に孔が身じろいだ。スマイルの腕を逃れてベッドを抜け出し、台所へ行った。水でも飲むのかなと思っていたが、棚を開けてなにか探しているようだった。
「…孔?」
そっと声をかけたが、返事はない。もっとも、今夜限りは普通の会話ですら望むべくもないのだろうが。
やがて孔はなにかを持って戻ってきた。棚に置いた時の音から想像するに、なにかの瓶のようだった。そうしてまたベッドに入り、暗がりのなかでじっとスマイルの顔をみつめ、そのままふとんのなかへと体を引き込んだ。
「ちょ…っ」
不意にものをつかまれて、スマイルは身をすくめた。あわてて上体を起こしてふとんを剥ぐと、足のあいだに孔が体をねじこんで、なにも言わないまま手で刺激を加えていた。
「なにするんだよ」
暗がりを探って腕をつかんだが、孔はわずらわしそうに振り払ってしまう。そうして今度は口にくわえ、舌を使って刺激し始めた。
「は…っ」
先程とは比べ物にならないほどねっとりとからみつく舌の動きに、思わずスマイルは身を震わせた。意思に反してものは熱を持ち始め、孔の口のなかで膨れ上がった。孔はそうしながら手で自分のものを刺激しているようだった。口の端から荒い息が洩れ、冷えた空気のなかで二人の体は再び熱くなり始めていた。
「…どうしたの?」
孔の頭に手をやりながら聞くが、なにも答えなかった。やがて充分に勃ち上がると、孔はものから口を離し、さっき台所から持ってきた瓶を取って手のひらにこぼした。指に絡ませて自分の体の奥へと持ってゆく。
「は…っ、あん…、ん…っ」
そうしながら空いた手で更にスマイルのものを握り、そっと舌先で舐め上げる。
「んぅ…っ、んっ、…はぁ…っ」
熱い息を吐きながら孔は身を起こし、スマイルの体にまたがって腰をおろし始める。そっと入口にあてがい、一気に突き下ろした。
「はあ…!」
「うわ…っ」
ぬるりと滑る感覚にスマイルは思わず身悶えた。いつもとは違い、驚くほどスムーズになかへと入ってゆく。
「…なにつけたの」
「油」
「油…って、」
言うあいだにも孔は腰を上げては深くおろす。
「はぁ…っ、あ…んっ、…ん…っ」
スマイルの腰に両手を当てて、ただひたすら腰を動かしていた。
「あん…っ、あ…! は…あんっ!」
吐く息が熱い。スマイルは孔の腰に手を当てて嬌声に聞きほれていたが、やがて肉のこすれる感触にふと我を忘れた。孔が腰をおろすのにあわせて自らも突き上げてみせる。
「あんっ! あ…っ…はぁ…っ、あんっ、あ…!」
熱に浮かされたように互いに腰を動かし、息を乱れさせる。
「…はぁ…! あんっ、あ……あぁ…っ」
不意に孔の手が伸びてスマイルの髪をつかみ、熱い手が頬に触れ、
「…誰でもいいのはお前の方だ」
そう言ってまた腰をおろす。
「舐められて、大きくして、なにかに入れればそれでいいのだろ? こうやって…好きでもない男のなかに入れても、それでもイケるんだろっ」
「孔、」
「好きなだけしろ、どうせ身代わりだ…!」
そう言って涙をこぼし、唇を重ねてくる。背中に回した手を払って孔は体を起こし、再び腰を動かし始めた。
「孔、もうわかったよ」
「黙れ!」
「孔」
スマイルは上体を起こして孔の体を抱きしめた。逃げようともがきながらもやがて孔は大きくしゃくりあげ、ぎゅうと背中に抱きついてきた。
「…身代わりなんて言って、悪かったよ」
「……謝って、済むか…!」
痛いほど背中にしがみつきながら孔は泣き続けた。何度も頬にキスをして、孔の嗚咽がおさまった頃、そっと唇を重ねあう。孔はまだ悲しみの為に息を乱し、そうしながらも、またキスをねだった。
暗がりのなかで互いの体を抱きしめながら、二人はまた沈黙に沈んだ。孔に包まれたそれはじんわりと温かく、心は悲しくてたまらないのに、体は別のもののように気持ちいい。
「このまま生きていけたらいいね」
不意にスマイルは呟いた。言葉の意味がわからず、孔が顔を上げる。
「こうやってさ、ずっと孔のなかに入ったまんま、なにも考えずに生きていけたら幸せだなぁって思ったの」
「…私で、いいのか」
「孔のがいい」
そう言ってスマイルはきゅうと孔を抱きしめる。
「…一歩間違えると、変態だな」
「なんでそんな言葉知ってんの」
「部員がよく使う」
生真面目な孔の言葉に、ついスマイルは吹き出してしまう。つられて孔も吹き出して、しばらくのあいだ二人はくすくすと笑いあった。そうしてまた唇を重ね、互いの熱を確かめあった。
「好きだよ」
頭を撫でながらスマイルはそっと呟く。
「私もだ」
言って、孔はまたキスをする。
「ひどいこと言って、ごめんね」
「…もう、いい」
「…あのさ」
暗いなかだと孔の匂いが一層強く感じられる。首筋にかかる息遣いが、確かにここに孔の体があるのだという認識を強める。
「あつかましいお願いなんだけど」
「なんだ」
「…続き、してもいい?」
しばらく返事がなかった。
「嫌ならいいんだけど…その、さすがにここまでなっちゃうと…」
「……」
「…駄目?」
「――私からも、頼みがある」
「なに」
緊張してスマイルは聞き返す。
孔はそっとキスをして、
「滅茶苦茶にしてくれ」
「あ…んっ! はぁ…っ、あんっ! あ…あっ!」
腕にしがみつく手がひどく熱い。
「あんっ、あ…っ、はあっ! あんっ! あぁ…っ!」
背中をのけぞらせて、ひたすら歓喜の渦に溺れている。
「あ…っあ、月本……つきも、と…! あん…!」
「孔…」
喜びの涙が止まらない。
唇を重ねて、互いに激しく舌を絡ませて、乱れた息を交し合う。
「何故、泣く?」
「……わかんないよ」
「泣くな…」
熱い手が慰めるように頬に触れた。スマイルはその手を取って強く口に当て、そうして暗がりのなかで孔の顔をみつめる。また唇を重ねて、思いの丈をぶつけるように強く腰を突き上げた。
「…あぁ! あん…っ! はぁっ、あっ! あ…!」
「わかんないんだよ――」
嬉しくてたまらなくて、なのに悲しくて仕方がない。喜びも悲しみも、共に熱となって膨れ上がり、出口を求め、最後の瞬間に向けてただ走り続けている。
「あんっ! あ…っ、あぁっ! あん…っ!」
孔の腕が背中にしがみつき、痛いほどに爪を立てる。陶酔したようにただ腰を動かしては、声が嗄れるほどに悲鳴をあげる。
「はぁ…っ、あっ! や、ぁ…っ! あ…っ!」
「ね、一緒にイこ…?」
「あんっ、あ…! も…っ、イかせ、て…ぇ…っ!」
「いいよ」
「…あぁっ!」
孔の両足を抱えてただ激しく突き上げる。歓喜のうちに、それでも涙は止まらなくて、暗がりのなかで抱き合い互いに熱を吐き出しながら、震える腕でまた孔を抱きしめて、スマイルはいつまでも泣き続けた。