孔は恐る恐る腰をおろしてゆき、スマイルのものに手を触れ、そっと入口にあてがった。そうして息を吐きながらゆっくりとなかへと沈めてゆく。
「あ…あ…っ、はぁ……あ!」
 苦しそうに息を吐き、きつく目をつむり、なにかを振り切るかのように頭を振る。そうしてすがるようにスマイルの肩に手を置き、また奥へと受け入れる。
「や…ぁ…っ、あ…っ」
「…まだ入るよ」
 肩に置かれた手をつかんで唇を触れながらスマイルは冷たく言い放つ。そうしながらも、わずかに涙のにじんだ目がいとしくてたまらず、慰めるように髪を撫でた。
「あ…ぁん…、ん…っ」
 しまいまでスマイルのものを受け入れ、ゆっくりと息を吐き出すと、孔は自分を貫くものの感触にあらためて身を震わせた。スマイルの首に手をかけて唇を重ね、激しく舌を絡めあう。
「好きなだけ動きなよ」
 そう言うと、陶酔したように見返しながら、孔はゆっくりと腰を上げた。
「あぁ……は…ぁっ、あ…!」
 きつい締め上げに、スマイルは思わず眉をひそめる。孔は気付かないまま、まるで熱に浮かされたかのようにひたすら腰を動かし続けた。
「あ…んっ、ん…っ、あ! …あん…っ」
 熱い息を吐きながら肉のこすれる感触にひたすら酔い、あえぎ声をあげてはスマイルの肩にしがみつく。
「はぁ…! あん、…あっ、あん…っ!」
「…いやらしい顔して…」
 手をつかむと、いつもの冷たさが消えていた。体の芯と同じように熱く、悦びに震えている。
「…すごい、…い…」
「いいの…?」
「あん…! い…、すごい、気持ちいい…っ、あぁ…!」
 恍惚のうちに孔はスマイルの顔を撫でまわす。
「誰のがいいの?」
「は…あ…! あん…っ…あ、…あん…っ」
「ね、誰のがいいの…」
 もはやなにも聞こえていないかのように孔はただ腰を動かし続けていた。それでも時折切なげに眉をひそめ、スマイルの顔をみつめる。
「つきも、との……っあぁ!」
 スマイルは床に両手をついて、孔が腰をおろすのに合わせてわずかに突き上げてみせた。
「あんっ! あ…はぁっ、あん…! あ…っ」
 孔はスマイルの首にしがみついたまま、ひたすら腰を上下させる。
「あ…あっ! あんっ、あ…っ、やっ…ぁ、あぁ…!」
 息は乱れ、ただ体の奥の快感に集中して、それでもまだ物足りないように孔はふとスマイルをみつめた。
「なに?」
 熱っぽい瞳がじっとこちらを見下ろしている。
「…ね、して…」
「今、自分でしてるだろ」
「やぁ…」
 それでも孔は体を震わせながら腰を上げて、また熱い息を吐いた。
「あん…っ、ねぇ…月本…っ」
「自分でしてて、ここ、こんなにさせて…」
 そう言ってスマイルは、さっきから甘い汁を滴らせている孔のものをすっと指で撫で上げた。
「あぁっ!」
「それでも、まだ足りないの?」
「やぁ…っ、つきも、とぉ…っ」
 孔は鼻にかかった甘い声でねだってみせる。スマイルの首に両腕を回し、何度もキスをせがんでは熱っぽい瞳でみつめてきた。
「月本の…すごい大きい…」
「…孔がいやらしいからだよ」
「ねぇ…これで、して?」
 そう言ってまた唇を重ねた。スマイルは苦笑しながら唇を離し、
「さっきまで嫌がってたくせに」
「やぁ…」
「誰にそんなにされたんだよ」
 孔の髪をぎゅうとつかむ。
「前の男? こんなふうに言えって教えられたの?」
 不意に激しい怒りが湧き上がってきた。
「腰振っておねだりしなさいって言われたの?」
「え…」
「好きでもない相手に触られて、同情で感じたフリしろって言われたのかよっ」
「つき…っ」
 髪をつかみ上げられ、痛みをこらえながら孔は怯えたようにスマイルを見た。
「それとも誰でもいいだけか? 僕じゃなくても、前の男じゃなくても、入れて感じさせてくれるなら誰でもいいのか?」
「ちが、」
「なにが違うんだよ、実際感じてんだろ? 今まで何人くわえ込んだんだよ、言ってみろよ!」
「月本…っ」
「…なんだよ」
 気が付くと部屋のなかはひどく静かだった。外で吹いていた筈の風もぱったりと収まり、ただ自分の荒々しい呼吸ばかりが耳に突き刺さってきていた。愕然としたふうにこちらを見る孔の視線に耐えられなくてスマイルは目をそらし、今更のように髪をつかむ手を放した。
 なにがこんなに腹立たしいのか自分でも良くわからなかった。結局はお互い様で、それは最初からわかっていた筈なのに、どうしてこんな嫉妬を覚えるのか――好きだと思いながらもどこかで信じ切れないのが何故なのか、わからなかった。
 ――お互い様。
 自分が裏切っているから、信じられないのか。そもそも手に入れようと思うことが、
 ――手に入れるなんて出来っこない。
 いつだって世界は遠くて、自分以外の人はみんな自分を置き去りにして通り過ぎる。追いつこうとするものには決して手が届かず、
「…同情って、なんだ?」
 それでいて、どこまでもきれいに輝いて、どうしても追わずにはいられない。
「何故そんなことを言う?」
「……」
 いつだって自分以外のものは、きれいで、輝いていて、
「…私、なにか、悪いことをしたか…?」
 そうして、自分の醜さや愚かさを、白日の下にさらけ出す。
「…まだ、前の人のこと、好きなんだろ」
「……」
「なのになんで、僕とこんな…そりゃ、身代わりにしてた僕も、悪いけどさ」
「…まだ、身代わりなのか?」
 孔の言葉に、ふと顔を上げた。
「身代わりは、わかっていた。前の男も確かに好きだ。だけど、それでも月本が好きなのは…駄目か?」
「……」
「身代わりにしているのは私の方か…?」
 自分の言葉に戸惑ったように孔はうつむいた。
「自分でもわからない。わからないから言ったんだ。『忘れるな、月本は、あいつではない』…あれは自分に言った。わからない、だけど、忘れない為に言った。忘れてはいない、その筈だ。だけど、月本が好きなのは、どうなんだ? 身代わりなのか? …好きは、うそか?」
「…僕だって、孔が好きだよ」
「だったら、」
 言いかけて、孔は息を呑む。そうして躊躇しながらも、再び口を開いた。
「だったら同情ってなんだ? 誰でもいいって――なんであんなこと…っ」
 孔は言葉を詰まらせて唇を噛みしる。そうして不意に涙をこぼした。きつく目をつむり、わずかにうつむいて嗚咽を噛み殺し、静かに泣いた。やり場のない怒りをぶつけるかのようにスマイルの胸をこぶしで叩き、なにかを言おうとしながらも、また言葉に詰まって涙を流す。
 答える言葉をスマイルは持っていない。無言で孔の両手をつかみ、
「孔」
 そっと名前を呼んで抱き寄せる。抵抗しながらもやがて孔はスマイルの首にしがみついて、かすかに泣き声を上げた。スマイルは孔の震える肩を抱きしめて、いつもの甘い匂いに包まれながら、結局はこんなふうにしてしまうのかと自分自身に落胆していた。
「孔」
 背中をさすり、頭を撫でる。孔の涙は止まらない。
「…ごめん」
 言うだけならいくらでも言える。何度言ったところで、どれだけ気持ちが伝わっているのかも、実のところは確かめようがない。
 なんで言葉はこんなにも不便で、
 ――なんで大事にするより傷付ける方が楽なんだろう。
 どうしていつだって、なくしたくないと思うものばかりを乱暴に扱い、そうして、知らないうちに壊れてしまえと願ってしまうのか――。


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