近所のカフェで遅い朝食を取ったあと、なんとなく帰る気になれなくて、ペコはまたジェイの部屋へ戻った。午後には帰ろうと思いながら、ジェイの持っているビデオを借りて観た。ソファーに寝転びながら画面を眺めていると、シャワールームの掃除を終えたジェイがやってきて、「ひと休み」と言いながらソファーとペコとのあいだに無理やり体をねじ込んだ。
そうしてジェイに体を抱きかかえられるようにしながらペコは画面をぼーっと眺めている。あまりドラマ性のある物語ではないので、さほど熱心に観る気にもなれない。ジェイが持ってきたジュースを分けてもらいながら、ふと、
「なあ」
画面をみつめたままジェイに声をかけた。
「なに」
「ジェイってさあ」
「うん」
「好きでもない奴と、やったことある?」
「恋人じゃない人とっていうこと?」
「そう」
「あるよ」
「……ふーん。そういう時ってさあ、やっぱ、あんまり良くなかったりするわけ?」
「それがねぇ。そうでもないから困るんだよねぇ」
「へえ」
「誰でもいいからとにかくしたい、っていうわけじゃないけどさ、セックス自体は嫌いじゃないし、男だからそれなりの状況になると我慢出来なくなっちゃったりするんだよなぁ」
「…そっか」
「そうだよ。ペコもそうだったりしない?」
「……まあな」
「ねえ。――で、誰とどういう状況でどういうことになったわけ?」
「……は?」
ペコは思わず振り返った。
にやにやと笑いながらジェイがこちらを見下ろしていた。
「そんなこと聞くっていうのは、身に覚えがあるからだろ?」
そう言ってぎゅうとペコの体を抱きしめる。ペコは咄嗟に言い返せず、そっぽを向いてごまかそうとした。けれどジェイの追究は止まらない。
「好きでもない人としちゃったの? 触られて感じちゃった?」
「……」
「相手はどんな人? 知り合い? …だよね、勿論。どこでやったの?」
「……俺の、部屋」
「部屋のどこ? 寝室?」
「………ソファー」
「ソファーでやったの? ベッド行くまで我慢出来なかった?」
「…そういうわけじゃ、ねえけど」
「けど、なあに?」
「――あぁもういいだろぉ、そんなこと」
そう言ってペコは立ち上がろうとしたが、ジェイの拘束は頑強で、体を起こすことすら出来なかった。
「良くないよぉ。すっごい気になるもん」
言いながらジェイはペコの体を引き寄せ、再び質問責めにしていった。
「で、なんでソファーだったの? 押し倒されでもした?」
「…まあ、そんなところ」
「それで、ペコは? 抵抗しなかったの?」
「そりゃ、したよ。したけどさ…」
「けど、なに? 動けないようにでもされた?」
「……うん」
「どんなふうに?」
「…手ぇつかまれて、さ」
「こんなふう?」
そう言ってジェイは後ろからペコの両手を取り、手首を合わせて片手でつかみあげた。
「ちょ…、ジェイっ」
「なんにもしないよ。――こんなふうにつかまれたの? それで動けなくされた?」
「…うん」
「それで? ペコは?」
「……『やめて』って、言った」
「言ったら? 相手はなんて言ったの?」
「………」
『本当はこんなふうに犯されたかっただけなんだろ?』
言えるわけがない。
困って黙り込んでいると、ジェイが「ペコ?」と重ねて聞きながら横顔をのぞき込んできた。
「…ジェイ、面白がってるだろぉ」
「そんなことないよ」
そう言いながらも、ジェイはにやにや笑っている。
「気持ち良かった?」
不意に耳元でささやかれて、ペコは身を震わせた。
「いつもと比べて、どうだった?」
「……良かった」
「感じたの?」
言いながらジェイは、ペコの形のいい耳にそっと唇を触れた。
「んっ……感じた、よ」
「僕よりも?」
「……」
「ペコ?」
「…ん…っ、それ、なんだけどさ」
「うん」
ジェイはペコの耳からうなじへと唇をおろし、軽く吸い上げてゆく。わずかに震えるペコの体を片手で抱きしめ、もう片方の手はペコの両手を縛めたままだ。
「俺ってさ、…やっ」
「うん」
首筋にかかるジェイの息がくすぐったくてたまらない。ジェイの唇が触れるたびにかすかな電流のようなものが体を走り、下半身がむずがゆくなってゆく。
「その、そんなんされて感じるって、やっぱ変…かな」
「変?」
「…だからさ……あん…っ、誰でもいいってわけじゃ、ないつもりなんだけど…っ」
首筋をきつく吸い上げる感触に、たまらなくなってペコはぎゅっと目をつむる。
「じゃあ、試してみる?」
「え…?」
目を開けると、すぐそばに緑色の瞳があった。かすかに笑いながらじっとペコをみつめている。
「同じような状況で僕として、その人より感じたらそれは普通。そうでなかったら、ペコは好き者決定」
「……そんなん、有りかあ?」
「さあね」
くすくす笑ってジェイはペコを抱きしめた。
「でも、試してみる価値はあると思うけど?」
「……」
そう言って、どうする? というふうにまたペコをみつめた。返事に困ってペコはうつむいてしまう。しばらくのあいだ二人は黙ったままで、ただテレビの画面から役者の台詞が、空気に関係なく飛んでくるばかりとなった。
「……いいよ」
しばしの沈黙ののち、ペコは呟いた。ジェイは笑ってペコの頬にキスをし、
「じゃあ、ベッド行こう」