不意にスマイルの苦笑する声が聞こえた。そのあとの呟きを聞き逃して、ペコは顔を上げながら「え?」と聞き返す。
「――変なところだけ気があうって言ったんだ」
泣いているような、怒っているような、おかしな顔でスマイルがこちらを見下ろしていた。同じように痛いほどに手を握り返しながら、
「おんなじこと思ってたよ。ペコがドイツ行く前からずっとだ。寂しくて、また泣くんだろうなって思った。泣いたよ、情けないけどいっぱい泣いた。会いたくてたまらなくてさ、寂しい寂しいって一人で泣きながら、なんでペコのこと好きになったんだろうって、ずうっと後悔してた。ずうっとだ」
「スマイル…」
「――ずうっとだよ。いっそのことペコのこと嫌いになればいいんだって思ったけど、そんな簡単に嫌いになれるわけないだろ? そんなことが出来たら最初から悩んだりしないよ。バカバカしくってさ、ホントに腹立ったよ、自分にも腹が立ったしペコにも腹が立った。だけど嫌いになんて、なれるわけないだろ? ないよな?」
「……っ」
「たまらないのは僕だって同じだよ…っ」
「……」
そうして二人は共に言葉を失って、手を握り合いながらうつむくしかなかった。触れ合う手の温もりはただやさしいのに、何故心がこんなにも痛むのか、そのわけはどちらにもわからない。
「……別れよっか」
不意にスマイルが呟いた。
「お互いにひどいこと言い合ってさ、もう顔も見たくないっていうふうにしてさ、そうすればきっと平気だよ。ペコは一部リーグに行って僕のことなんか忘れててっぺん取ればいいんだし、僕だって――」
言われているうちに猛然と腹が立って、ペコは思い切りスマイルの足を踏みつける。言葉が途切れて、スマイルは悶絶の表情で歯を食いしばる。握られた手が痛いほどだ。
「……ペコ…、今のは効いた…っ」
「ふざけたことぬかしてんじゃねえぞ!」
まだスマイルの足を踏みつけたまま、ペコは怒声を張り上げた。
「なにが別れるだ、俺になにと別れろっつうんだよ! お前は俺のなんなんだよ、言ってみろよスマイル!」
「……ペコ、」
「言えよ!」
言いながら、悲しくてたまらない。その悲しみをぶつけるかのようにぐりぐりと足を踏み込みながらペコは返事を待つ。
「……」
「言えよっ」
「――友達だよ」
痛みをこらえながら、寂しそうな顔でスマイルが呟いた。
「小学校の頃からの、友達だ」
「そうだよなぁ、ガキの頃からの知り合いだぁな、一緒に道場で球打ち合ってよ、アクマと三人で試合出たりよ、中学で県大会出たりインハイ出たりよ、…ずっと一緒にやってきたんじゃねえかよ」
「……」
「それで、なにが別れるだよ、俺たちバカげた痴話ゲンカしてんじゃねえんだぞ、別れるもへったくれもあるかよ、なあっ」
「――ペコ、」
「なにが別れるだよ、ふざけたことぬかしてんじゃねえぞ、俺になにと別れろっつうんだよ、わけわかんねえよ」
「ペコ」
「…わけわかんねえよ、ちくしょう…っ」
悲しくてたまらなかった。ペコはスマイルの手をぎゅうと握りながら、声を殺して泣き始めた。唇を噛みしめ、目をきつくつむり、洩れ出る嗚咽を必死になってこらえる。
「…ペコ」
「うるせえっ」
「……」
足元に涙がこぼれて、ぽつぽつと音を立てていた。
こらえていた悲しみが一気に吹き上げてくる。こうなることを頭のどこかでわかっていたような気もした。それでも気持ちは抑えられなかった。
「…頭ぐらい、撫でさせてよ」
静かなスマイルの呟きが聞こえた。
嗚咽を殺して息を吸い込みながら、ペコはそっと片手を離す。恐る恐るといったふうにスマイルの手が頭に触れた。ゆっくりと慰めるように静かに撫で始める。ペコは顔を隠すかのように額をスマイルの肩に当てて、やがて、こらえきれなくなってもう片方の手も離し、ぎゅうとスマイルに抱きついた。
そうして、声を上げて泣いた。
「ごめん」
そっと背中に腕を回して、スマイルが呟いた。
「ごめんね、ペコ」
しがみつきながら、ただ泣いた。
どうしたらいいのかわからなかった。ただ傷付けたくないだけなのに、そんな簡単なことがどうしてこんなに難しいのか、ペコには理解出来なかった。
「スマイル…」
「うん」
「スマイル…っ」
「うん、大丈夫だよ、ここに居るよ…」
――心なんてなけりゃいいのに。
気持ちなんて必要ない。
スマイルの背中にしがみついてその体温を感じながら、もし部品のように心が取り出せるなら、そんなもんは二束三文でうっぱらってやる、そうペコは思った。