「……スマイル、酔ってる?」
「酔ってるよ」
うなずいて、スマイルは顔を上げた。そうして微笑んで、
「酔ってなきゃこんなこと言えないよ」
「……」
ペコはその微笑みを戸惑ったようにみつめ、やはり困ったように目をそらす。
「…友達としてだよな」
「さあね」
「さあねってお前、」
「そんなのわからないよ、こんなふうに誰か好きになったことないんだからさ。嫌なら嫌でいいよ」
『目の前でほかの男といちゃいちゃしてて、それであんた許せるの?』
許すしかない。それを奪うことが出来ないんだから、奪ったらきっとペコは生きていけないんだから。最初からあきらめるしかないんだ。卓球がどれほどペコにとって大事なのかがようやくわかった。戻ってきてくれたことが嬉しかった。だから、多分、それだけで満足するべきなのだ。
僕は、最初から、振られてるんだ。そんなのはわかってた。わかってたから、別にいいんだ。
寂しい気持ちでスマイルはペコの指を握り続ける。握って、親指でそっと撫でさする。怒って気色悪がられて逃げられると思っていたのに、不思議とペコはされるがままだった。
「…そりゃ、」
突然ペコが声を上げた。
「俺だって、お前のこと、嫌いじゃねえよ。ダチだもんよ、好きか嫌いかって言われりゃ…そりゃ、好きだよな」
「うん」
「嫌いな奴と、嫌々付き合ったりはしねえしよ」
「うん…」
スマイルは手を伸ばして、もう少し大きくペコの手を握った。握ったままじっとその温もりを確かめるように、少しだけ力を入れてみる。じんわりとした温かさが手のひらに伝わってきて、スマイルは嬉しくなる。少なくとも、今はここに居る。今だけはここに居る。
スマイルはそのままペコの手を持ち上げた。ペコはそっぽを向いてされるがままだ。そっと唇を触れると、ぴくりとペコの体が揺れた。逃げようと少し腕を引くが、スマイルは力を込めて放そうとしない。
「……スマイル」
「うん」
「スマイルっ」
「なに?」
ペコの手を頬に押し付けてスマイルは横を向く。酔っ払っているせいで、触れている部分の温もりがどちらのものなのかわからなかった。
ペコはうつむいたまま困ったように床に視線を落としていた。なんであんな顔をしているんだろうとふと疑問に思う。そうさせている原因が自分にあるとは思いつかなくて、頬にペコの手を押し付けたまま、またスマイルは聞いた。
「なに?」
「…なんで、俺なんだよ」
「え?」
「そんな、お前みてぇに背ぇ高くてさ、女にもててさ、頭いいしよ、なのになんで、俺なんか…」
「じゃあなんでペコは卓球が好きなの」
そう聞くと、あらためて驚いたようにペコが振り向いた。じっと頬に手を当てたまま自分をみつめるスマイルの目に困ったように、すぐに視線を落としてしまうが、
「なんでって…」
「答えられないだろ? …同じだよ」
「好き」と思うことに、理由などない。
ペコは困ったようにちらりとスマイルを見上げて、また視線を落とす。スマイルはペコの手の甲に唇を触れては軽く吸い上げる。指の節を舐め、軽く歯を当てると、ペコの口から小さな悲鳴が洩れた。
ふと横を見ると、ペコは怯えたようにきつく目を閉じて息を殺している。
スマイルはペコの手から唇を離して顔を寄せた。
「ペコ」
耳元で呟くと、びっくりしたようにペコは体を震わせた。
「好きだよペコ」
「…さっき聞いたよ…」
「うん」
そのまま形のいいペコの耳に唇を触れる。
「……っ」
そっと、触れては離れ、また触れる。ペコの体が震えてスマイルの手を強く握る。
「――嫌?」
耳元でささやくとペコは少ししてから小さく首を横に振った。
「嫌じゃ…ねえけど、」
「けど…?」
「…なんか、わかんね。聞くなよ…っ」
困ったように顔をそむけながらそう呟くペコがひどくいとおしい。思わず小さく笑うと、ペコの体がまた揺れた。
「なに?」
「…息、かけんなよ」
真っ赤になってそう呟く。
「耳弱いんだ」
ふといたずら心が起きて、スマイルは舌先でペコの耳の縁を舐める。
「や…っ」
そのまま耳元に唇を押し付けた。あごから首筋にかけて唇を這わせると、小刻みにペコの体が震えているのがわかった。自分がそうさせているのだと思うとひどくいとおしい。空いている手を頬にかけて、唇を触れる。ペコは目を閉じて唇を噛みしめ、スマイルが触れるたびに小さく震え、時折声を洩らした。
この手のなかにあることが嬉しくてたまらない。
「キスしていい?」
そう聞くとペコは驚いて目を開けたが、真剣な目でスマイルにみつめられて、やがて小さくうなずいた。
唇を重ねると、ペコの手が緊張に震えた。頬を押さえていた手で首筋をさするとびくんとペコの体が跳ねて、わずかに唇が開いた。スマイルはそこへまた唇を重ねて、舌でそっとペコの歯をこじあけた。
「ん…っ」
口のなかに侵入してきた他人の舌の感触に、戸惑うようにペコが体を引く。スマイルは一旦唇を離すと、
「ね、舌出して」
「え…」
「ね、ペコ」
うつむきながら、それでも口をわずかに開けて、困ったようにペコが舌先を伸ばす。スマイルは顔を持ち上げるとそこへ唇を重ねて、同じように舌を伸ばす。舌と舌が触れ合うと、なんとも言えない快感に包まれた。口のなかで逃げようとするペコの舌を追い、スマイルは深く口を吸う。舌で舌を絡め取り、持ち上げ、唇の先で吸う。
「ふっ…ん、」
その感覚に酔ううちに、いつしかペコの空いていた手がスマイルのセーターを、しがみつくようにして握りしめていた。