ペコの体は、やっぱり気持ちいい。
 唇を離すと、潤んだ瞳でペコはちらりとスマイルを見て、視線をそらした。頬が赤くなっているのは酔いの為か、もっとほかのことのせいだろうか。わずかに微笑んでスマイルはペコの体を抱き寄せる。重ねたペコの手からは力が抜けている。痛いほどその手を握り、スマイルは熱いため息を吐いた。
 こんなに嬉しいことはかつてなかった。
「ペコ」
「……」
「ペコ、好きだよ」
 そう呟いてスマイルはまた首筋に唇を押し付けた。
「……っ」
 しがみつく手にスマイルは我を忘れそうになる。首筋を舌先でそっと舐め上げると、とうとうペコの口から言葉が洩れた。
「や…やっ、スマイル…っ」
「なに…?」
 耳元を舐めながらスマイルは聞く。わざと吹きかけられたかすかな息に、ペコは泣きそうな目をしている。
「…ちょっと、待って」
「ちょっとだけ?」
「いや、その…」
 戸惑うペコの姿がおかしくて、また笑いが洩れる。
「なに?」
「あの…その、」
「うん」
「ちょっと俺、まずいことに…」
「まずいこと?」
「…だからあ、」
「勃った?」
 そう聞くと、ペコは驚いてスマイルの顔を見上げ、言葉を失った。口をぱくぱく動かしながらもなにを言えばいいのかわからない様子だ。
「……おっまっえ、げひんーっ」
「違うの?」
「………」
 きょとんとした顔で確認され、ペコはうんともいいやとも答えられない。顔を赤くしてうつむくと、かすかな声で「そうだよ」と呟いた。
「だからさ」
「してあげるよ」
「――は?」
「自分でするの、むなしくない?」
 そう言ったスマイルの顔を見返して、またペコは言葉を失った。
「……むなしいとか、そういう問題じゃねえだろっ?」
「そういう問題だよ。僕、もっとペコに触りたい」
「……っ」
「ペコにも触って欲しい」
「……なんで、んな…」
「ペコが好きだから」
 先に答えを言い尽くして、スマイルはそっと頬にキスをする。そうしながら、
 ――そうだったんだ。
 まるで他人事のように自分の気持ちを感じていた。
 慰めるようにペコの頭を撫でて、ひどく気持ちのいい手触りだと思う。心が思うよりも先に体が感じている。そうして平静を装いながら、実は自分だって大変なことになっているのだ。我慢しきれずにまた唇を重ねて、逃げるペコの舌を追う。ふと目を開けるとペコの目の端に涙が溜まっていた。もっといじめたいという想いが、更に欲望を掻き立てる。
「…嫌?」
 唇を離してそう聞くと、
「………」
 泣きそうなのを我慢するようにぎゅうと食いしばった唇の隙間から、
「……いいよ」
 そう呟きが洩れた。
「でも、」
「なに?」
「…電気、消せよ。恥ずかしいだろ」
「――わかった」
 スマイルはそう言って微笑むと、ペコの手を握ったまま立ち上がった。催促するように手を引くと、怯えたような表情のままペコもおずおずと立ち上がる。電灯の紐を引っぱって蛍光灯だけを消すと、オレンジ色の豆電球が夕焼けのように部屋のなかを照らし出した。
「全部っ」
「はいはい」
 仕方ないな、というように笑って、スマイルは最後の灯りを消した。部屋のなかは真っ暗になってしまい、互いが握り合う手だけが確実に相手の存在を知らせていた。
 スマイルはテーブルにぶつからないように足で探りながらそっとペコに近付いた。そうして手探りでペコの肩に触れて、そのまま撫で上げるように首筋を触る。
「……っ」
 かすかな悲鳴がペコの口から洩れた。そのまま静かに抱き寄せて、暗がりのなかでようやくスマイルはペコの全部を手に入れた。
「…ホントだ」
「えっ?」
「当たってる」
 腰の辺りにペコの膨らみがあった。
「ばっ…言うなよ、バカっ」
 スマイルの腕のなかでじたばたもがきながらペコが言う。思わず耳元でくすくすと笑ってしまい、それが更にペコの欲望を膨らませた。
「お前って、ホント下品な」
 困ったように、少し怒ったようにペコが呟く。
「ペコのせいだ」
「……」
 返す言葉を失っているペコにそっと口付けて、スマイルはもう一度ささやいた。
「ペコのせいだよ」
 そのささやきは、長い夜の開始を告げる小さな鐘となった。

  −鐘の音が聞こえる 了−


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