風間は小さく笑いを洩らしながら更に舌を使い、ぴちゃぴちゃとわざと音を立てて舐めては唇で吸い上げた。そうして空いている手で背中をさすり――孔の体は熱い、まるでこれからの激しい情事を熱望するかのような、甘い、それでいてさわやかな若草の香りがする――そっと腰の辺りを撫で下ろす。
「はあ…!」
 びくんと体が揺れ、下半身に熱が集まり始めているのを教えるかのように、腰を密着させてくる。風間は体を揺らしてわざと孔の腰の辺りを刺激した。
「あ…っん、」
 孔は甘い悲鳴を洩らしながら、震える両手で風間の首を撫でさする。風間はそのままそっと手を下へとずらして双丘をつかみ上げた。
「や…っ!」
 指先で最深部の付近をくすぐり、
「あ…っ、あん…や…ぁっ」
 そうするたびにまるで若魚のように孔の体が跳ね回る。いよいよ熱を持って立ち上がり始めた孔のものに手を触れると、
「はあ…っ!」
 熱いため息と共に、最後の抵抗の力が抜けた。風間の手の刺激をもっと感じようと、そろそろと両足が広げられ、
「あん…っん、は…ぁ…っ」
 まるでせがむかのように強く風間の頭を抱きしめる。
 風間はその手を逃れて再び首筋をきつく吸い上げた。耳元をくすぐり、誘うように開いた唇におのれの唇を重ねて舌を絡め合い、そうして欲望のおもむくままに互いを味わったあと、こちらを見上げる潤んだ瞳をみつめて、
「……!」
 それが、孔でないことを知った。
 ソファーに引きずり倒されて胸元をはだけ、荒い息のまま、ペコがじっとこちらを見上げていた。風間はあわててペコの体から手を引き、ソファーのなかであとじさる。まだ乱れたままの自分の呼吸にすら動揺して、風間は咄嗟になんと言えば良いのかわからなかった。
「…すまない、…その、」
「……いっすよ」
 ペコは気だるそうに言って、のろのろと体を起こした。肘掛に身を預けてゆっくりと服の乱れを直す。そうしながらも、まだ足はだらしなく開いたままだ。そこに自分の体が入り込んでいたことをわざと知らせているかのように思えて、風間はそちらを見ることが出来なかった。
 何故途中で気付かなかったのだろう? だがおかしなほどに抱きしめた背中がそっくりだった。あの痩せた肩、驚くほどに――懐かしくて、どうにも止められなかった。
 風間はあわてて立ち上がった。ペコはなにも言わないままそんな風間をじっとみつめている。帰ろうとしながらも、上着も脱いだセーターのありかもわからないことに気付き、風間は軽いパニックを起こして部屋のなかをきょろきょろと見回した。
「風間さん」
 声に驚いて振り返る。こちらを見上げたペコは、続けてなにかを言おうとしてふと小さく苦笑し、
「続き、しませんか」
 うつむきながらそう言った。
「……なんだと」
「嫌なら、別にいいんすけど」
 ――あの痩せた肩が、
「…その、このままだと、俺が辛いっつうか、」
 ――抱きしめた背中が、
「…責任、取ってくださいよ」
「――責任だと…?」
「いや、だから無理にとは言いませんよ」
 またペコは苦笑して、
「嫌なら嫌でいっすよ。…ここ出て右行くと、広場にタクシー溜まってますから、それでホテル帰ればいいし、そうでなけりゃそこの――」
 そう言って入口近くの壁を指で指し示す。
「電気、消してください」
 ――驚くほどにそっくりで。
 ペコはうつむきながら風間の返事を待っている。やがて上げていた手をおろし、所在なさげにぶらぶらと揺れるままに力を抜いた。
 風間は返事が出来ずにいた。滅多なことを、そう思いながらも、抱きしめた時の感触がまだ腕のなかに生々しく残っており、その誘惑に逆らうのは難しかった。
 沈黙が部屋を支配した。風間は唾を飲み込んで喉を湿らせると、
「…いつでも覚悟しておけ、だったか」
 かすれた声でそう聞いた。
 ペコはそっと顔を上げて風間をみつめた。
「君は、その覚悟が出来ているのか…?」
「……」
 なにも答えないままペコはうつむき、
「出来るようになりたいとは思ってますよ」
 そう呟いた。
 何故か風間はおかしくなって、小さく笑った。
「お互い、まだまだ未熟ということか」
「…そっすね」
 そうしてうつむいたその背中がそっくりだ。首筋がそっくりだ。風間はようやく緊張を解いて、テーブルに載るグラスを取り上げ、底に残るワインを一気に飲み干した。そうして首の後ろに駆け上がってくる酔いの感覚に頭をしびれさせたまま、入口に設置された電気のスイッチを切った。
 部屋は暗がりに沈んだ。
 振り返ると、窓から射し込むかすかな光に、ペコの姿が浮かび上がって見えた。暗闇のなかで息をひそめ、一点をみつめてじっとしている。
 風間はそろそろと床を歩いて、光に浮かぶペコの頬にそっと手を触れた。ぴくりとわずかに揺れながらも声は立てなかった。静かな呼吸の音に耳を澄ませながら風間はソファーに腰をおろし、そのままペコの体を抱き寄せた。
 驚くほどにそれは懐かしい感触で、風間はふと我を忘れそうになる。それでもじっとこらえ、首筋にかかるかすかな息を、まるでいとおしむかのように感じていた。
 そっと背中にかかる腕の温もりは、誰のものでも温かい。


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