「あ…んっ、…はぁ…っ」
 暗闇のなかでペコのか細い悲鳴が続いている。片足をソファーの背もたれにかけ、もう片方を風間の腕に抱えられながら、深く突き上げられるたびに身をすくませ、あるいは背中をのけぞらせては歓喜の悲鳴をあげた。
「やん…っ、…や…あ!」
 風間は熱い息を吐きながらペコの体に覆いかぶさり、首筋をきつく吸い上げては唇を重ね、深く舌を絡ませた。背中にすがりつく腕は熱く、慰めるように髪を掻き上げては何度も息を交わす。
「ん…っん、ん…!」
 そうしながらも突き上げはやまず、まるで嫌々をするようにペコは小さく首を振り、自ら望んだ筈なのに風間の体から逃げようともがいた。
 声さえ聞かなければ、これが孔でもおかしくない。
 背中に回した腕で風間はその身を探り、懐かしい感触に我を忘れそうになりながら、何度も、
 ――違う。
 そう自分に言い聞かせていた。
「…あっ、あんっ、…ん、」
 ペコは声を抑えようとしきりに手を口にやり、指を噛みながらも、こらえきれないため息を幾度も洩らした。
「…何故隠す?」
 孔ではないことを忘れない為にもっと声が聞きたかった。首筋を舐め上げられる感触にペコは顔をそむけ、そうしながらも更に声を噛み殺す。
「今更恥ずかしいわけでもあるまい」
 からかうように言いながら突き上げると、大きな悲鳴を洩らしてペコは身をのけぞらせた。
「あんっ、あ…! …っん、やぁ…っ」
「責任を取れと言ったのは君の方だ」
 風間はわずらわしげに抱えていた足を肩にやり、暗がりのなかでペコの両手を探る。そうして手首を縛めながら深く突き上げてみせた。
「や…っあ、あんっ! あ…んっ、…あ! …やっ、」
 ペコの両手が逃げようともがいた。風間は手首をきつく握りしめて、そのままソファーに押し付けた。
「…や…っ、はなし、て…っ、あぁっ!」
「偉そうなことを言っておいて…」
「…っあ、あん! …やぁ…っ」
「本当はこんなふうに犯されたかっただけなんだろ? さっきよりも感じてるぞ」
「ちが…っ、あんっ! …はっ、あん…!」
 ペコの締め上げがきつくなった。肉がこすれるたびに大きく体が震え、逃げようともがきながらも声は艶を帯び、たまらなくいやらしい響きで風間を誘う。
「欲しいなら欲しいと言ってみろ」
 耳元でささやくと、ペコが身をすくませるのがわかった。そうして怯えながらも体は熱く、噛みしめた唇からは抑え切れないうめき声がかすかに洩れていた。
「いくらでもイかせてやる」
「……っ」
 唇を割って舌を滑りこませると、待ち望んでいたかのように深く舌を絡め返す。互いに熱い息を交わしながら音を立ててむさぼりあう。
「言わないなら、おしまいだ」
「…やだ…っ」
 鼻にかかった甘えた声でそう言って、ねだるようにペコは腰をくねらせた。
「もっとして…」
 ――こんなことは言わなかったな。
 風間はなにも答えないまま、じっとペコの姿を見下ろしている。そうしてペコの髪を撫で上げ、無意識のうちにどこか似ている部分はないかと探している。
「ねぇ…もっとして…っ」
「…欲しいのか」
 むくむくと湧き上がる怒りと共に風間は聞き返す。
「欲しい…もっと、奥まで突いて…!」
「――淫乱が」
 風間は吐き捨てるようにそう言うと、再びペコの足を抱えて大きく広げ、激しく突き上げ始めた。
「あぁっ! あんっ、…っや、あんっ、あ…っ!」
 暗がりのなかにペコのあえぎ声がだらしなく響く。これ以上はないというほどに淫らな声で、ひたすらよがり、腰をくねらせ、そうしてもっともっととねだってみせる。
 ――声も、
「はぁ…っ! あんっ、あ…っ、あっ! いやぁ…っ!」
 ――匂いも、
「やだ、や…っ! も、…あ…っ!」
 ――足も腕も腰つきも、
 なにもかもが違うのに。
「あぁっ、あ…っ! あんっ、…っはぁ、…あ…ぁっ!」
 抱えた足が更に開こうともがいている。ペコは痛いほどに風間のものを締め上げ、激しくこすれる感触に身をもだえ、敏感な一点に触れるたびに嬌声を上げた。
「あんっ、あ…っん! は…っぁ、あん…っ!」
 声を聞けば聞くほどに孔ではないという認識が強くなり、強くなりながらもただ体は気持ち良く、求められるままに風間は突き上げ、自らも達しようと熱い息を吐く。
 ――違う、
「あ…っ、あぁ…っ! やっ…ん、も…イク…っ」
 ――違う…。
「イク…っ、や…っ、…あっ! あ…っ!」
 叫びがかすれると同時にペコの体が大きく痙攣し、それにつられて風間は熱を吐き出した。
 恍惚と快感に酔い痴れながら、乱れた息のまま唇を重ね、深く舌を絡めあう。苦しさゆえにペコがもどかしげに腕を引くが、風間はそれにあらがい折れるほど強く握り、ふと胸を訪れた喪失感に泣きそうになりながらも激しい怒りを覚えていた。
 失うのは、本当に一瞬だ。
 苛立たしげに風間はペコの両手を振り払い、そうしながらも強く目の前の体を抱きしめた。
 しがみついてくる腕が憎くてたまらないのに、愛してもいない体はただ気持ち良くて、風間は結局わずかに泣いた。泣きながらまた強く抱きしめて、求められるままに唇を重ねながら、何度も何度も自分に言い聞かせていた。
 違う――。


 髪を乾かし終えてバスルームを出ると、ペコは新しいワインを開けて一人で飲んでいた。
「…出て右、だったか」
 風間の言葉にふと顔を上げて「そっす」と気だるそうに答えてみせる。
「この時間なら溜まってる筈ですよ。ホテルの名前はわかります?」
「ああ…」
 床に散らばる服を一つずつ身につけ、セーターを着、上着をかぶる。そうして荷物を取ろうとした手を止めて、風間はテーブルに残る空のグラスを手に取り、ペコに向かって差し出した。ペコは小さく笑ってワインを半分ほど注ぎ、瓶の口からこぼれそうになっている滴を舌先でぺろりと舐め上げた。
「…赤も意外といけるな」
「でしょ」
 明かりのついた部屋では窓の外の光が射さない。暗闇に浮かび上がっていた人影が、本当は誰だったのか、もはや風間には確かめようがない。
「全ての出来事には理由がある」
 声に振り向くと、ペコはソファーに体を横たえて、肘掛に頭を乗せ、とろんと眠そうな目で風間を見上げていた。そうして小さく笑っていた。
「また、友達の言葉か」
「そっす」
「立派な人なんだな」
「尊敬してます」
「幾つだ?」
「…二十六、だったかな」
「苦労したんだな…」
 それとも、それが標準的なのか。
「早くそこまで悟りたいものだ」
「俺も同じこと言ったら、楽して歳取るなって怒られました」
 二人は顔を見合わせて、どちらからともなく小さく笑い出した。
 風間はグラスをテーブルに置き、「ごちそうさま」と呟いた。そうして荷物を拾い上げて肩にかけると、
「じゃあな」
「気を付けて…」
 ペコはグラスに口を付けたまま、ぶらぶらと手を振っている。半分、夢の世界に足を踏み入れているかのようだ。
 風間はドアを開けて冷たい空気のなかをゆっくりと歩き出した。こつこつと自分の足が立てる靴音だけを聞き、白い息を吐き出し、そうしながら、静かに静かに、怒りの涙をわずかにこぼした。
 ――もう二度と、
 冷たい風が涙の流れたあとに吹きつけている。
 ――もう二度と、誰かを犠牲にして楽になどなるものか。
 襟を立てて風から逃れながら、
 ――二度と誰かになにかを奪われることを許すものか。
 ひたすら歩き続ける。
 肩にかけた荷物が重い。足はまるで棒のように感覚を失い、ふと街路樹を見上げて、何故私は人間として生きなければいけないのだろうと風間は考える。
 そうして夜の闇のなかでただ一人、誰も居ない夜道を歩きながら、孤独な男は見知らぬ人の言葉を思い出していた。
 ――全ての出来事には理由がある――。


 体育館へ入る途中で梅が咲いているのを見かけた。
 もうじき春がやってくる。寒い季節が苦手な風間には、それは自然からの嬉しい便りだった。
 アップから始まった一日のトレーニングの締めとして、チーム内で総当たり戦をやることになった。組み合わせの関係で自分の出番を待っている時、
「なあ風間」
 ふと隣に立っている仲村監督が声をかけてきた。
「お前、卓球、好きか?」
 かすかに笑いながらも真面目な表情で風間をみつめ、たったそれだけを聞き、返事も聞かないまま、誰かに呼ばれてどこかへと行ってしまう。
 愛用のラケットを片手に握り、体育館の端に立ち尽くしたまま、その質問に答えられずにいる自分を、風間はまるで見知らぬ他人のようにじっと感じていた。

  −異国にて 了−

  04/04/02 一部改訂


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