外国に出ると、あらためて日本という国の狭さを実感する。建物一つとっても、隙間に無理やり詰め込むようにして窮屈な感じを生み出す日本とは違い、(国土の大きさと人口の比率も関係あるのだろうが)やはり広々としていて気持ちがいい。
ヨーロッパ遠征も明日で終わる。スウェーデンから始まった一週間程度の短い旅だったが、最終地のドイツへと無事たどり着き、明日の夕方には飛行機で日本へ戻る予定となっていた。
ハノーバーを本拠地とする一部リーグの選手たちと対戦させてもらった。さすがにトップクラスのレベルは高い。あっさり負けることはなかったが、勝ちを奪うことも出来なかった。
「スポーツはなんでもそうだとは思うが、やっぱりメンタル面の存在が大きいな」
ほかの人の試合を眺めながら、監督が言った。
「ただ体を鍛えたところで、それで勝てるかというとそうじゃない。逆境にあってもくじけない心や、試合の流れを冷静に見る目がどうしても必要だ。がむしゃらに進んで許されることなど有り得ない。――まあ、お前にこんなことを言っても、釈迦に説法だろうがな」
そう言って監督は笑った。風間も小さく笑い返しながら、ふと体育館に入ってきた人物に目を止めた。
やや痩せた体躯の、まだ若い男だ。建物のなかだというのに何故かサングラスをかけたまま試合の様子をおかしそうに眺めている。そうして視線をさまよわせてこちらを見た瞬間、
――孔?
風間は驚いてイスから立ち上がってしまった。
「どうした?」
監督の声に返事をすることも出来なかった。そうして立ち上がった風間の姿に向こうも気付いたようで、少し驚きの様子を見せながら、つかつかとこちらに向かって歩いてくる。まさかこんなところに孔が居る筈はないのだが、頭でわかっていながらも、もしかしてという思いを打ち消すことは出来なかった。
男は風間のすぐそばまでやってきて、じいっと顔をみつめてくる。孔、と呼びかけかけた瞬間、
「やっぱドラゴンだ」
男はそう呟いてサングラスをはずした。見覚えのあるやんちゃそうな瞳が、嬉しそうにくりくりと踊っていた。
「――星野か」
「すっげー、髪があるー」
そう言ってペコはけたけたと笑った。その言葉に風間は一瞬返事に詰まり、苦笑しながら、
「そういう君は、髪を切ったんだな」
「一部リーグに上がった記念に。うひゃあ、まさかこんなところで会うとは思わなかったっすよ」
「それはこちらの台詞だ」
「知り合いなのか?」
監督が不思議そうに二人を見比べながら聞いた。
「高校の頃、一度インターハイで優勝を争いました」
「無敗のドラゴンつって、怖かったっすよー、あの頃は」
「君のお陰で無敗の冠は失ったがな」
そう言って風間は肩をすくめた。
「君はここのチームだったか」
「今年の四月に移籍したんすよ。前はハンブルクの二部リーグだったんすけど」
「頑張っているようだな」
「お陰さんで。さっきまでジム行ってたんすけど、日本からなんか来てるっていうんで、様子見にきたんですわ。まさか風間さんが居るとは思わなかったなぁ」
ペコはトレーナーの首元にサングラスを引っかけて嬉しそうに笑った。
「あれ、大学のチームっすか?」
「いや、違う。十月から企業に所属となってな。その遠征試合だ。こちらは監督の仲村さん」
「よろしく」
あらためて監督の仲村とペコは手を握り合った。
「君の活躍は日本にも届いているよ」
「いやぁ、まだまだっすよ。今年のツアーもやっと半分きたところだし、どうなるかは、まだ」
「今日は試合は?」
風間はイスに腰をおろしながらペコに聞いた。ペコは空いているイスを引っぱってきて、風間の隣に座り込む。
「今日は休みです。次の試合は三日後かな」
「やはり一部リーグは強豪揃いだろう」
「そうっすね。あっさり勝てないし、負ける時もすっげー粘りますよ。みんなプライド高くて、でもそれが面白い」
そう言ってペコはにっかりと笑った。第一線で活躍しているという自信に満ち溢れている。風間はなんだかまぶしいものを見るかのように目を細めた。
「良かったらこのあと、食事でも一緒にどうかな」
仲村がそう言うと、「いいっすよ」とペコはうなずいた。首元でサングラスが揺れている。風間がふとそこに視線を止めると、
「いいっしょ、これ」
そう言って手に取り、またかけてみせた。
「友達が誕生日に買ってくれたんすよ。東洋人は若く見られてなめられるっつったら、目ぇ隠しゃわからねえって」
「しかし、若いのは事実だろう」
風間の苦笑に「そうですけどぉ」とペコは不満げな声を洩らした。そんなペコの声を聞きながらも、どこか孔と話をしているような錯覚をずっと振り払うことが出来ずにいた。