唇が近付いてくる。孝介はきつく目をつむった。噛み締めた唇に足立のそれが重ねられて、そっと離れていった。
どちらも、なにも言わないままだ。
ゆっくりと目を開けると、まだ足立が見ていた。孝介は恥ずかしさに耐えきれず、うつむいて顔を隠した。
首元に鼻先が当たった時、煙草の匂いがした。両手には足立の温もりがある。心臓が大きく脈打っているのがわかった。足立は苦笑すると孝介の体を抱え直した。
「なに照れてんの」
「知りませんよ……っ」
本当に、なんでこんなことが恥ずかしいんだろう。こうやって抱きしめられるのは初めてではない筈だ。キスなんか今までに何度もした。手を握られた程度で今更動揺する謂れはないのに。
なのに、足立の呼吸が側にあるだけで緊張してしまう。それが目元や頬に触れるだけで、恥ずかしくて逃げ出したいほどだ。
「顔見せてよ」
ねだる言葉と共に、足立が顔を寄せてきた。見られていると思うと余計に動けなかった。それでも孝介は、羞恥と戦いながらゆっくりと顔を上げた。その努力に応えるかのように、足立のかすかに笑う目が出迎えてくれた。
「……足立さん」
「うん?」
「……もう一回言ってください」
今度は足立が照れる番だった。だが彼は孝介ほど動揺しなかった。片手を離してゆっくりと髪を梳くと、
「君だけだよ」
そう言って額にキスを落としてきた。
握り合った片手に力を込めた。それが合図になったかのように、二人は長い長いキスをした。
快感はいつも以上に深かった。
まるで初めて触れるかのように丁寧に体中キスをされ、別段焦らされているわけでもないのだろうに、孝介の息は熱くなった。足立の呼吸を肌に感じるたびに声が洩れてしまい、こちらだって初めてではない筈なのに、どういうわけか恥ずかしくてたまらなかった。
「電気消してください」
のしかかってくる足立の胸を押し遣り、顔を片手で隠しながら孝介は言った。
「なんで」
「いいから……っ」
コンロ付いてるから真っ暗にはなんないよ、と言われ、孝介は返事の代わりにバシバシとあちこち叩きまくってやった。痛い痛いと足立は笑いながら起き上がり、壁のスイッチを切り替えた。真っ暗になった部屋のなかにコンロの青い小さな炎が突然姿を現し、半裸の足立をぼうと浮かび上がらせた。
孝介はベッドで横になったまま足立の足をみつめていた。それはベッドに近付いてくると上には乗らず、縁に腰を下ろして手を伸ばしてきた。同じく小さな炎に照らされた孝介の前髪をそっと掻き上げる。孝介は感触に驚いてわずかに身を引いた。
「……そんなに怖がらないでよ」
「怖いんじゃないんです。ただ、その――」
「なに?」
足立がベッドに上がった。孝介の上に身を落ち着かせると、両肘を突いて上から顔をのぞき込んでくる。見られていると思うと恥ずかしくて目が上げられない。孝介はそっぽを向き、耳元にかかったかすかな息にびくりと体を震わせた。
「なぁに?」
「……なんか、すごく恥ずかしくて……っ」
何故なのかは自分でもよくわからない。
バカにされるかと思ったが、足立は笑わなかった。こめかみと頬にキスをして孝介の顔を前に向かせると、優しく口づけをした。孝介は怖々腕を伸ばして首に抱きついた。足立の息はすぐ側にあった。
「そういう僕も、ちょっと緊張してたりして」
「……なんでですか」
「うーん、なんでだろ」
足立の指が髪を梳く。その感触にも孝介は感じてしまう。
「やらしいことなんか、いっぱいしたのにね」
「いっぱいって言わないでくださいよっ」
「だってホントじゃない」
そう言って足立は笑い、返事が出来ずに居る孝介にキスをする。
また指が髪の毛を梳き始めた。足立は暗がりをみつめて考え込んでいる。
「目的が違うからかなぁ?」
と、突然言って孝介を見た。
「目的?」
「そ。最初は君のことからかうのが面白かったんだけど」
「…………やっぱりそうだったんだ」
「最初はね」
あわてて繰り返す頬をつねってやった。足立は苦笑したあと、不意に真顔に戻った。
「でも、今は違うんだ」
言葉もなく抱き寄せた。唇を重ねて何度も息を交わす。唇が離れたあとは互いに熱いため息をつき、またみつめあった。足立はゆっくりと髪を梳き、
「全然違ってる」
また唇を重ねてきた。
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