しばらく無言の時間が続いた。少し苦しくなって身を起こすと、足立はぎこちなく笑っていた。孝介も同じように笑って額を合わせ、
「だから嬉しいです。また呼んでもらえて」
「……こんなところで良かったら、いつでもおいで」
「はい」
足立は嬉しそうに唇を押し付けてきた。
腹は減ったが、残念ながら飯がまだ炊けていないのでとにかく待つしかなかった。足立に寄りかかってアイちゃんを抱きしめ、また抱きしめられながらテレビを見た。何気なくアイちゃんの頭を撫でた時、そういえばお前がきっかけだったんだよなと孝介は思い出した。
「足立さんにひとつ質問なんですけど」
「んー? なに?」
「いたいけな少年の唇を奪った人はお詫びになにをすればいいと思いますか」
「んーっとねえ…………あれ、前にも似たようなこと訊かれなかったっけ」
「訊きましたよ」
足立が不思議そうに脇から顔をのぞき込んできた。孝介は笑って足立の手を叩き、「いいから早く答えてください」と催促した。
「なんだっけ。えーっとね、……あぁそうそう、確か『礼儀として心も奪ってあげるべきだ』って答えた気がする」
「正解」
孝介の呟きに、足立は嬉しそうにガッツポーズで応えた。
「で? それがどうしたわけ?」
「……」
自分で言っておきながら恥ずかしくなってしまい、孝介は黙り込んだ。脇からのぞき込む足立の目が、なにかを疑うように横顔へと固定された。
「なに。なんなの」
「……その通りになったなあ、って」
「なにが?」
「なにがって――」
――言わなきゃよかった。
孝介は恥ずかしくてたまらず、アイちゃんを抱きしめてうつむき、顔を隠した。
「……その、」
「うん」
「俺が、足立さんに」
「僕が君に? なに?」
困って目を上げると、足立はなにがおかしいのかにやにやと笑っていた。どうやら気付いているらしい。腹立ちまぎれに足をバシバシ叩いてやると「あだだだだ」と悲鳴を上げて腕を押さえつけてきた。
「わかってんならしつこく訊くな!」
「話振ってきたの君でしょうに! なんで僕が怒られるかなぁ」
そう言っておかしそうに笑い、力いっぱい抱きしめられた。
「そっか、あん時かぁ」
クリーニング代どうのの時でしょ、と言うので、そうじゃないと首を振った。
「その前です」
「その前? その前って、なんかあったっけ?」
「覚えてないんですか」
そうじゃないかとは思っていたが、本当に覚えていないとなると少し落ち込みたくなってきた。
「ゴールデンウィークのあとくらいですよ。叔父さんと二人で酔っ払ってうち来たじゃないですか」
「堂島さんと? そうだったっけ?」
「……ホントに覚えてないんですか」
足立は困って頭を掻き、堂島さんとはよく呑むからなぁと言い訳のように呟いた。
「とにかく、酔っ払って家に行ったわけだ」
「そうです。で、そのままソファーで寝ちゃって」
起こそうとしたらアイちゃんと間違えて抱きつかれたと教えてやると、足立は一瞬考え込んだあと、いきなり大声で笑い出した。
「俺にとっては笑い事じゃなかったんですけど」
「そうだったんだ、いやごめんごめん」
足立は笑いを収めたあと、我慢しきれないのか再び笑い声を上げ始めた。孝介はむくれてそっぽを向いた。足立は再びごめんと謝り、
「いやあ、なんか嬉しいなあ」
でも君でよかった、と呟いた。
「よかったって、なにがですか」
「んー? うん」
足立はリモコンを取り上げるとテレビを消してしまった。そうしてアイちゃんを抱きしめる手に自分の手を重ね、ぎゅ、と孝介を抱きしめた。
「……奪われたのは僕の方ですよ」
「また、そんなこと言って――」
「ホントだよ」
続く言葉はなかった。孝介が振り向くと、足立は柔らかく笑いかけてきた。茶化されているのではなかったようだ。孝介は突然恥ずかしくなって顔をそむけた。その時、足立の腕がまた孝介を抱きしめた。
「君しか居ないんだ」
消え入るような声だった。孝介は何故か緊張してしまって言葉が返せなかった。
頬に唇が触れた。重ねられた手が動いて指を絡ませてきた。
「……あの、」
「嫌?」
「……嫌じゃ、ないです」
「じゃあこっち向いて」
孝介は恐る恐る振り向いた。だが恥ずかしくて目が上げられなかった。
next
back
top