東京と比べれば沖奈市も充分田舎の部類に入る筈だが、それでも駅の周辺には色々と店が集まっていて、かなり暮らしやすいように思えた。
「通りに出てまっすぐ行けば線路にぶち当たります。そこから右に行くと駅です」
 マンションの前の道を進んでいくと、角に小さな整骨院があった。これを目印にすれば、なんとか迷わずに戻ってくることが出来そうだった。
 孝介は電車で三つほど上った先の、情報機器を取り扱う会社に勤めているそうだ。機械そのものではなく、システムを使った情報のやり取りをしていると言う。
「お客さんから預かったデータを銀行に渡したり、その逆だったり。銀行に渡すデータって独特の形があるんですよ。それをうちが変換してるんです。俺はまぁ、どっちかって言うと電話業務が主ですけどね」
 聞いてはみたけどさっぱりだった。
 駅前通りに入って少し行ったところのレンタルビデオ店で孝介は足を止めた。
「これ返してくるんで、ちょっとだけ待っててもらえますか」
「あ、うん」
 足立はガラスを透かして店内を覗いてみた。大きな棚が幾つも並び、「新作!」や「おススメ」などと書かれたポップが天井から吊るされている。土曜日とあってか、子供を連れた主婦の姿が目立つようだった。
 返却を終えて店から出てきた孝介は、同じように店内へと目を向け、「ちょっと寄っていきますか?」と訊いた。足立はあわてて首を振った。
「いや、いいよ。……なんかお店とか、人の多いところとかって、まだ怖くて」
「……」
 孝介は黙って店のなかを眺めていたが、やがて小さく肩をすくめると、
「じゃあ、行きましょうか」
 そう言って道を歩き出した。足立は急いであとを追った。
 次に連れて行かれたのはスーパーだった。ここでも足立は迷ったが、いつまでもこんな調子で居るわけにはいかないと思い、なんとか孝介に付いて店に入った。うつむいて遠慮がちに棚を眺めたり、孝介がカゴに放り込んだ品を後ろから覗き込んだりした。
「なんか食いたい物とかあります?」
 孝介が菓子の並ぶ棚の前で足を止めて訊いてきた。
「え? いや、別に……」
「お菓子とかは? うち今何もないから、欲しいなら買っていかないと」
「……えっと」
 足立は焦って棚を見渡した。孝介は孝介で、クッキーの箱を手に取りじっと眺めている。
「じゃあ、これ」
 懐かしくも「たけのこの里」を発見したのでカゴに放り込んだ。孝介は手にしたクッキーをカゴに入れる時、それを見て小さく笑った。
 ――あれ?
 しかしすぐに笑顔は消えた。「他には?」と訊いてくるその表情は、これまでどおり固いものに戻っていた。
「とりあえずは、それで」
「――ま、近所にコンビニもありますしね」
 そう言ってブラブラと歩き出す。足立は再びあとに従った。
 買い物を終えたあとは、駅の反対側へ連れて行かれた。弁当屋があるのだそうだ。
「さっきの店でも弁当売ってますけど、こっちの方が種類多くていいんですよ」
 まだ夕飯には早い時間だが、店内には出来上がりを待っているらしい客が二人居た。足立はレジでメニューを選ばされ、ここでも戸惑ってしまう。好きな物を食えと孝介は言うが、何かを選び取るというのは想像以上に大変な行為だった。
「幕の内とかどうですか。色々入ってていいですよ」
「じゃあ、それを……」
「俺もそれにしよっかな。幕の内弁当二つと、あとサラダ二つください」
「ご飯の量はいかがなさいますか?」
「俺、普通盛で」
 カウンターの向こうに立つ店員がこっちを見た。足立は目をそらせながら「僕も、普通で……」と呟いた。
 会計の時、カウンターの隅にメニューを印刷した物があるのをみつけ、一枚貰った。出来上がった弁当を受け取り、二人はマンションへ帰ることにした。
「お金払わないと」
 道を歩きながらそう言うと、孝介はしばらく首をひねって考え込んだ。
「とりあえず今月分はいりません。叔父さんから食費として幾らか貰ってるんで、もし返してくれるって言うなら叔父さんにお願いします」
「うん。わかった」
「来月からは――まあ、仕事がどうなるかで決めましょう」
「うん」
 引っ越し資金を貯めるのもそうだが、それと一緒に堂島へ金を返すことも考えなければ。毎月少しずつでも渡していこうか、それともある程度まとまってから渡した方がいいだろうか。仕事も、上手く決まるといいのだけど。
 孝介はややうつむきがちに、黙々と歩いている。すぐ脇を車が通るたびに足立は戸惑い、逃げるように孝介に向いた。ちょうど目が合ったので、そらせる視線を追うかの如く言葉を掛けてみた。
「君は……仕事は、忙しいの?」
「時期によります」
 整骨院の前を曲がって孝介が言う。
「比較的、月の後半が忙しいですね。今はちょっと空いてますけど、来週半ばから多分遅くなります」
「ご飯とか、どうしてるのかな」
「休みの時は自炊したりもしますけど、殆ど買って帰るかな。仕事終わって帰ってくると、なんか面倒で」
「そっか」
 マンションに戻った二人は再びエレベーターに乗り、部屋まで行った。試しに開けてみてくれと孝介が言うので、貰ったばかりの合鍵を使ってみた。少し引っ掛かる感じもあるが、鍵は立派に役目を果たしてくれた。


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