「……からかってるんですよね……?」
少し前、乞われるままに話をして聞かせた。テレビのなかがどうなっているのか、何故あの二人が死んでしまったのか。
テレビのなかをうろつくシャドウのこと、霧が充満した世界のこと。
犯人が持っているであろう能力のこと。
「足立さん」
「……」
足立はポケットに両手を突っ込み、脇の壁に寄り掛かった。
「……そうだったら良かったのにね」
『なんで足立さんは汚いんですか』
「――嘘だ」
足立は何も答えなかった。ポケットに突っ込んだ手で、鍵束をかちゃかちゃと鳴らしている。
「嘘だって言えよ!」
孝介の怒鳴り声が響き渡った。足立はその姿を無表情に眺めていた。
「――なんで?」
そうして逆に訊いてきた。
「なんでそんなにショック受けてるの? ずっと知りたがってたじゃない、僕が汚い理由」
「それは……でも、こんな――」
「僕が隠し事してるの、ずっと知りたそうにしてたじゃない。なんで? 理由がわかったんだから喜びなよ」
そう言って階段を一段だけ下りた。
「そんな……まさかそれが理由だなんて、誰が思うんだよ!」
「僕は知ってたよ」
うつむいてあごを掻き、また手をポケットに戻す。
「君たちが何やってたのかずっと知ってた。誰が誘拐してるのかもわかってた。でもほっといた」
「……なんで?」
足立が顔を上げた。無表情は相変わらずだ。
「その方が面白いから」
一瞬にして頭のなかが真っ白になった。孝介は駆け寄り、胸倉を掴むと無理矢理に階段から引きずり下ろした。そうして踊り場の壁に叩き付け、歯を食いしばりながら言葉を探した。抑制していないと滅茶苦茶に殴り付けてしまいそうで怖かった。
「ずっと騙してたのか」
「――そうだよ」
「二人をテレビに放り込んで、生田目が誘拐を繰り返すことも知ってて、ずっと俺を騙してたのか!」
「そうだよ」
「あんた刑事だろ!」
足立は鼻で笑った。
「ただの公務員だよ」
そうして、有無を言わせぬ強引さで孝介の手を外した。孝介は握られた手を振りほどいた。足立は乱れた襟元を直してこちらを見た。
「そんな御大層な正義感があったら、最初から人なんか殺さないよ」
「……なんでだよ」
孝介は事実を受け入れたくなくて呟いた。茫然と言葉を口にしている今も、目の前の現実が信じられずにいた。激しい怒りの後ろには深い絶望が待ち構えていた。
「なんでそんなことしたんだよ……!」
かちゃかちゃと音がした。足立がポケットに両手を突っ込んでいる。壁に寄り掛かり、少しうつむいて、ずっと言葉を考えている。
「君と、もうちょっと早く会えてたら、やらずに済んだかも」
「……」
「まぁ、結果論だけどね」
「……なに、それ」
「別に君のせいって言ってるわけじゃないよ」
そう言って足立は小さく笑った。
「僕さ、左遷されてここに来たでしょ? なんかさ、もうどうでもよかったんだ。ほんとーに心底、どうでもよかった」
異動が決定した時点で足立の人生は終わっていた。元々出世欲が強かったわけではないが、それなりの地位を築き、それなりに安泰の人生を送れるものだと思っていた。なのに勝手に梯子を外され、勝手にお前は終わりだと烙印を押された。
誰がどうやって納得出来る?
何かを考えるのも面倒だった。恨むことすら面倒だった。だから煩わしい物は全部捨てた。ウザい物、腹の立つ物、面倒な物、全部捨てた。あとがどうなるかなんて考えなかった。大事にしなきゃいけない物なんて何ひとつ存在しなかった。孝介以外は。
「綺麗ってのは、凄いね」
足立は観念したように笑っている。
「僕ね、君に会って初めて後悔したんだ。初めて、やらなきゃよかったって思った。君たちがテレビのなか入ってるの知ってからは余計だよ。いつばれるのかってずっとビクビクしてた」
「……だからずっと考えてたんですか」
「そう」
足立はうつむき、靴の片方を壁に立て掛けた。踵でこするようにして床に足を付き、また立て掛けている。二度、三度。
「最後までばれないといいなって思ってた。生田目が逮捕されたから大丈夫だと思ってたんだけど、ちょっと甘かったね」
「……」
「でもまぁ、君が捕まえてくれるんなら、いいや」
すっかりあきらめたという表情で足立が顔を上げた。そうして階段の上を見上げ、下を見渡し、
「そういえばいつも一緒に居る子たちは?」
今更のようにそう訊いた。
「……居ませんよ」
「なんで?」
「……まだ俺しか気付いてないから」
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