だが言葉はなかった。髪を撫で、何故かためらいながら再びキスをしてきただけだった。
「あの……」
首筋を舐められている時、孝介は思い切って声を掛けた。
「なに?」
足立はシャツに手を掛けたところだった。中途半端に引き下ろされたシャツのせいで起き上がることは出来なかった。肘をついて足立を見ると、相変わらず真剣な表情でこちらを見返してきた。
「……俺も足立さんにさわっていいですか?」
「さわるって?」
「どこを、っていうんじゃないんですけど……」
すぐ側にある足立の呼吸、のしかかってくる重み、熱。こんなに近くにあるのに、触れないでいるなんて出来っこない。
足立はしばらく考え込んだ後、再び首筋に顔を近付けながら「好きにすれば」と言い放った。孝介は怖々と手を伸ばして足立の髪の毛に触れた。相変わらず好き放題に跳ねている寝癖を指でつまんだ時、足立の手の平が胸元をまさぐった。孝介は小さな声を洩らしてびくりと体を震わせた。そのまま手が脇腹を撫でて腰を掴み、いつの間にか逃げようとしていた孝介の体を自分の方へと抱き寄せた。
唇が敏感な個所に触れるたびに、足立の手が思いもよらぬ場所を撫でさするたびに、孝介は短く声を洩らした。声が上がるたびに足立の呼吸も熱くなるようだった。今日はなんだかいつもと違う。止まない愛撫に戸惑いを覚えたが、もったりと襲い掛かってくる快感に気を取られて、いつしか孝介は我を忘れていた。
「や……っ!」
我に返ったのは、へそのすぐ下を舐められた瞬間だった。その感覚は痛いとくすぐったいのちょうど真ん中にあった。苦痛と快楽のどっちつかず。だがその下方にある孝介の分身はそれを心地よいものとして受け取ったようだ。硬くなり始めていたそれが、孝介の意識とは裏腹に悦びを増しているのがわかった。
足立は我関せずの体で再びそこに舌を這わせた。孝介はあわてて足立の肩と頭を押さえたが、逆に腕を掴まれて身動きを封じられてしまった。
「やだ、や……! あ、足立、さん、ん……っ、ん、や……あ……っ!」
舌が這うたびにぞわぞわとした感覚が全身を走り抜ける。気持ちいいと感じる部分もあるが、その裏で鳥肌が立つような不快感もあり、それがまた同時に快感でもあって、もう何がなんだかわけがわからない。
孝介は必死になって身をよじったが逃げることは叶わなかった。両の手首は足立がしっかりと押さえつけており、指先でシーツを掻いてもなんの助けにもならなかった。
「足立さん、やだ、やだ……っ、あ……ぁっ」
――気持ちいい。
悪寒が走り抜ける。
――もう嫌だ。
このまま果ててしまいたい。
仕舞いには声もかすれ気味になって、呼吸をするのもやっとの状態だった。ようやく解放された暁には、もはや抵抗する気力も失っていた。足立は捕まえていた腕を放し、のっそりと身をもたげてこちらの顔を覗き込んできた。
「足立さん……」
抱き付こうとした手から力が抜けてぱたりと落ちた。震える腕をもう一度持ち上げると、足立は誘われるままに顔を寄せてきた。何度もキスをして熱い息を交わした。もう息も絶え絶えのクセに、もっと滅茶苦茶にして欲しいとも願っていた。
やがて足立は座る位置を改めると孝介のベルトを外し、下着ごとズボンを引き下ろした。上半身という約束などとうに忘れていた。やっとだと思いながら見ていると、次いで足立自らも下半身を露出させ、自分のものと一緒に孝介のそれを手に握った。
「あ……っ」
最初はゆっくりと、それから徐々に速度を速めて上下にしごく。孝介は歓喜と羞恥と快楽とで再びわけがわからなくなり、とにかく必死になって足立の名前を呼び続けた。足立は手を止めずにまた覆いかぶさってきて唇を重ね、抱き付く孝介の腕に合わせて同じように抱き返してくれた。
足立の身は熱かった。自分のせいでこうなっているんだと思うと、悦びで体が震えた。足立は首筋に噛み付くようなキスを繰り返し、孝介の頭を抱えて、時折何故か心配そうにこちらを見下ろした。
「足立さん」
顔を持ち上げてキスをねだった。足立の舌に口腔を犯されるのがたまらなく気持ちよかった。首に抱き付いて髪の毛を滅茶苦茶に掻き回し、それでも足りなくて息を詰め、嫌だと何度も首を振った。
終わりたかった。
もっと続けたかった。
「やだ、や……」
涙でぼやける視界のなかで、足立がわずかに苦笑するのがわかった。
「いいよ。イっちゃっても」
こんな優しい声を久し振りに聞いた。安堵に身を任せた瞬間、一気に快感がせり上がってくる。孝介は我慢出来ずにしがみついた。足立の手の動きが早まり、二人は共に絶頂を目指して進んでいく。抑えようとしても声は止まらず、足立の呼吸もどんどん乱れていく。やがて孝介が先に達し、そのすぐあとに足立も果てた。
震える声で名前を呼んだ。肩口に落とされたキスがその返事だった。
それが最後だ。以来、足立からは一度も連絡がない。
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