「ねぇ君、お小遣い欲しくない?」
ドアを閉めて靴を脱いでいると、いきなり耳元で足立が囁いた。やけに鼻息の荒い、切羽詰まったような声だった。孝介は靴を脱ぎかけのまま体を起こし、つられて上体を起こした足立を不審な目で見返した。
「…………くれるって言うから来てるんですけど」
「わぁかってるってばぁ。ちょっと言ってみただけだよぉ」
けらけらという笑い声を残して足立は台所に向かった。孝介は肩をすくめて靴を脱いだ。台所で差し出されたグラス二つを受け取って部屋に向かう。汚い様子は相変わらずだが、驚いたことに扇風機が姿を見せていた。出すのが面倒だと、どうでもいいようなことを言っていたのは、つい一昨日のことなのに。
「扇風機出したんですね」
ジュースのペットボトルを持って戻ってきた足立は、「暇だったから」となんでもないことのように言ってフタを開けた。孝介はグラスをテーブルに置いてベッドに腰を下ろす。そもそもこんな立て続けに連絡が来るのも珍しい。最初のうちはともかく、ここ最近は週に一度というのが暗黙の了解のようになっていた。
金は大丈夫なんだろうかと、どちらの為なのかわからないまま孝介は考えた。
「今日は休みだったんですか?」
「ううん。仕事。お休みは明日」
そう言って足立はグラスにジュースを注いだ。
「土日に連絡欲しくないでしょ? 友達と約束もあるだろうしさ」
「そんな」
足立がちらりと目を上げた。孝介は何も言えなかった。足立がそう思うならそれでいいと、半ばあきらめと共に考える。ジュースを注ぎ終えた足立はペットボトルにフタをして台所に戻っていった。孝介はグラスを持ち上げて、いささか気まずい空気のなかでジュースを飲んだ。
「今日は上半身がいいなー」
部屋に戻ってきた足立は床に座り込みながらそう言った。
「上半身って――」
「上全部。ワイシャツ脱がすとこからぜぇんぶ僕」
「……別にいいですけど」
「今日は奮発しちゃうよー。なんてったってもうすぐボーナスだからねー」
やけにうきうきした表情で足立は言う。煙草に火を付け、天井に向かって煙を吹き上げる顔も嬉しそうに笑っている。
「よかったですね」
「うん」
沈黙。
今日はテレビが付いていない。扇風機の羽が回るわずかな音だけが続いている。孝介は沈黙に耐えられなくて言葉を探した。いつもなら足立がどうでもいい話をしてくれるのに、今日はそれもなかった。
なんだか気まずいと感じる雰囲気は、煙草を吸い終えたあとも続いている。
「今日は上半身全部だから、いちいち訊かないでやるね」
ジュースをひと口飲んだ後、ベッドに上がりながら足立が言った。すぐ近くに顔を寄せ、妙に真面目な表情でこちらをみつめてくる。
「訊くって、何を……?」
「だから、顔さわっていい? とか、そういうの。面倒でしょ」
そう言ってさっそくワイシャツのボタンを外しにかかった。
「終わったら二万あげる」
「……」
「その代わり、最後までいい子にしてなよ?」
なんでこんな人を好きなんだろう。
孝介に抗える筈もなかった。素直にうなずいて、足立の手がグラスを奪っていくのを、ぼんやりと見守るだけだ。
グラスをテーブルに置いた足立は、あらためて孝介の前に座り直し、残っているボタンを全て外した。そうしてワイシャツの下へと手を滑らせながら軽く抱き寄せ、唇を重ねてきた。孝介は腕を伸ばしかけたが、途中で我に返りあわててシーツを掴んだ。
唇を離した足立は孝介の肩を押し、ベッドへ仰向けに寝かせた。のしかかるようにして真上へやって来た足立は、何かを考え込む顔でじっとこちらを見下ろしてくる。
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