「そんなことありませんよ。……なんでそんなこと言うんですか」
むしろこちらから断って欲しいのかと勘ぐってしまう。足立は、いやぁとか、そのぉとか、何やら煮え切らない様子だ。
『……なんか、知らないうちに嫌われるようなこと言ってないかなぁってさ、凄く心配なんだ。僕の勝手で付き合わせるんじゃ申し訳ないな、って』
「そんな――」
『……好きだよ』
「……」
『本気なんだ』
孝介は受話口から顔をそむけ、相手に気付かれないように強く、胸に詰まった息を吐き出した。
――やっぱり居なくてよかった。
目の前に足立が居なくて助かった。明らかに赤面していると自分でわかるくらい、こんな情けない顔、絶対に見られたくなんかない。
翌日は学校が終わった後、一度家に戻ってから足立と待ち合わせた。昼飯を奢ると言われていたが、足立の前でどんな顔をして飯を食えばいいのかわからなかったので、申し訳ないが断った。ジュネスで買い物をし、足立の車でアパートに向かった。
「えーとね、最初に謝っておくけど」
車のドアにロックを掛けながら足立が言った。
「……部屋、あんまり片付いてないんだ」
「いいですよ、別に」
「ホントに汚いからね。あの、無理なら正直に言って。足立さんこんなの最低ですって思ったら素直にそう言ってくれていいから」
ここまで念押しされると、どれだけ汚いんだろうと逆に興味も湧いてくる。しかし(残念なことに?)孝介が想像したほどの汚部屋ではなかった。物が乱雑に放置されている為に汚く見えるだけで、ゴミがあちこちに散らばっているというわけではない。部屋に招き入れた足立は、それでも不安そうな表情を崩さなかった。
「だ、大丈夫? 帰りたくなったとか――」
「ないですよ」
再度の確認を経て、ようやく足立は安心したようだ。「よかったぁ」という言葉と共に腹の底から息を吐いて、破顔してみせた。
「部屋のせいでフラれたらどうしようかと思っちゃった」
「そんな」
気にし過ぎですよという言葉は、孝介の体を抱き締める腕の強さに潰された。
「会いたかったよ」
耳元での囁き声にめまいを覚えた。がちがちに強張った腕を上げて、孝介はぎこちなく背中を抱き返す。
「……俺もです」
足立は両手で孝介の頬を包み込み、恐る恐るといった風に顔を近付けてきた。重なり合った唇はすぐに離れたが、目線が交わった瞬間、もっと深く重ねられた。
ようやく自由になった時、二人はどちらからともなく熱い息を吐き出していた。ぼうっとしたまま足立を見ると、奴は照れたように笑って孝介の頭を撫でてきた。
「……えと、ジュースでも飲もっか。あ、あの、どっか適当なとこ座って」
「はい」
足立は可笑しいくらいに動揺していた。孝介は幸福感に包まれながら髪の毛を梳き直す。
言われて部屋を見回したが、座れそうな場所はベッドくらいしか見当たらなかった。どうしようと思った時、ふと棚に並べてあるゲームのパッケージに目が止まった。随分昔に発売されたシューティングゲームだ。懐かしくて思わず手に取ってしまった。
「あ、それ知ってる?」
グラス二つにジュースを入れて戻ってきた足立が、孝介の手元を見て嬉しそうに訊いた。
「友達の家で何回かやったことあります。難しいんですよね。一番簡単なルートしかクリア出来なかったな」
「僕、結構得意だよ」
「最強ルート行けます?」
「クジラでしょ? 行ける行ける」
「ホントですか!? ちょ、見せてくださいよっ」
グラスをテーブルに置いた足立は、しょうがないなぁと嬉しそうに言ってゲーム機本体を引っ張り出した。
「でも三十分くらいやりっ放しだよ? 君、暇じゃない?」
「大丈夫です。達人の技を目に焼き付けてますから」
「達人って程でもないけど……」
ディスクをセットして電源を入れる。コントローラーを持った足立は、ベッドに寄り掛かるようにして腰を落ち着けた。孝介はその脇に座り込み、棚に並ぶ他のゲームタイトルを目で追った。
「シューティング好きなんですか?」
棚にはあと五、六個ゲームが置いてあるが、そのうち二つはパズルゲームで、残りは全部シューティングゲームのようだ。
「まぁそうだね。RPGもやってみたんだけど、レベル上げが面倒になっちゃってさ」
ゲームが始まった。足立は何度もやり込んでいるらしく、敵の出てくる位置を把握していて画面に姿が現れた瞬間、あっという間に撃ち落してしまう。
「君くらいの歳でこのゲーム知ってるなんて、珍しいんじゃない?」
「そうですか? ああ、でもその友達、確かお父さんがゲーム好きだって言ってたな」
「だろうね。このゲーム、君より年上の筈だよ」
言われてパッケージを見ると、確かに足立の言う通りだった。そんな風に雑談を繰り広げながらだったが、足立は難なくステージをクリアしていく。孝介が絶対に倒せなかった大ボスすら呆気なく煙を上げて沈んでしまった。結局三十分も掛からずに目的のラスボスまで進み、多少攻撃を受けながらもノーミスでクリアとなった。
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