我慢出来ずに抱き付いていた。夢中で息を交わし、それに応えるように足立の手の動きも速くなる。
 唇を離した孝介は小さく喘ぎながら無意識のうちに腰を浮かせ、耳元で鳴らされた足立の苦笑で我に返った。腕の力を緩めると足立はまた真正面に顔を持ってきて額を寄せ、下の方から覗き込んできた。
「イキそうなんでしょ。いやぁらしい顔」
「……っ」
 熱くなった体が羞恥の為にもっと熱くなる。
 震える指で足立の首元にしがみつき、終わりを延ばそうと孝介は大きく息を吐く。だが限界は近かった。相変わらず足立の目はこちらを探るようにじっと据えられており、その冷静な視線にいっそう恥かしさが募る。終わって欲しいような、もっと続いて欲しいような、自分でも判別の付かない混乱に迷い込み、孝介は知らずのうちに足立の名前を呼んでいた。
 気持ちいいのかと訊かれてはいと答え、もっととねだりながら何度もキスをした。いつまでも足立とこうしていたかった。今日が過ぎてしまえば、次はいつ連絡が貰えるのかわからなくなる。
 だが終わりはやって来た。足立の手のなかに熱を吐き出して、孝介は切れ切れに息をついた。快感に痺れる指で足立の頬を撫でると、奴は妙に冷静な顔でこちらを見返してきた。
「もうちょっと脚さわらせて」
「……はい」
 淡々と後始末をしながらの台詞だ。息を整えながら孝介は足立の言葉を思い返していた。
『物々交換みたいなもんだよ。一方的に僕が搾取するんじゃ悪いしね』
 足立は金を落とし、代わりに孝介は体を与える。これは契約だ。ここ二ヶ月近く、誰にも内緒で二人はこんなことを続けている。


 足立との出会いは稲羽署の取調室だった。ジュネスのフードコートで刃物を振り回している危険人物として警察に引っ張られ、陽介とは別々に、事情聴取という名のお説教を受けた。その時孝介を担当したのが足立だった。
 話の内容はあまり覚えていない。一応事件があった直後だからバカな真似はしないようにと釘を刺されたが、それ以外は半分以上奴の愚痴を聞いていたようなものだった。話長いなぁとか、早く終わってくれないかなぁ、などとぼんやりしていると、突然足立が妙なことを言った。
「…………君、綺麗な顔してるねぇ」
「はあ?」
 驚いて顔を上げると、机の向かい側で足立がしげしげとこちらをみつめていた。
「いや、顔っていうか、肌。はー、男でもこんな綺麗な肌の子って居るんだねえ」
 孝介は思わず、どうも、と呟いていたが、咄嗟に身を引いていた。向かい側に座った足立は机の上に身を乗り出すようにしてこちらをみつめている。なおもまっすぐ向けられる視線に耐えられなくて、孝介は顔をそむけた。それでもまだ視線は絡み付いてきた。
「……あの、なんですか?」
 取り調べに肌の検査がある、などという話は聞いたことがない。今ここには二人だけだ。鍵は掛かっていないようだが、閉められたドア、狭い部屋、二人きり、というシチュエーションに加え、現在進行中で近付いてくる足立の視線に、孝介は嫌でも恐ろしい想像を掻き立てられた。
「あのさ、ちょっと顔さわってもいい?」
「はあ!?」
 追い打ちにこの台詞である。足立は許可を得る前から早々と腕を伸ばして更に近付いてこようとしていた。
「だって綺麗なんだもん」
「綺麗って、あの……」
「ね、ちょっとだけ」
「嫌です」
 孝介は腰を下ろしたパイプイスごと身を引いた。足立はこちらの言葉を聞いているのかいないのか、どことなく夢見るような顔で腕を伸ばしてくる。孝介はもっと身を引いた。足立ももっと身を乗り出した。
「……あの、これ、なんの冗談ですかっ」
「いや、冗談じゃなくって」
 余計たちが悪い。
 がつん、という衝撃が足元で起こった。驚いて振り返ると、もうすぐそこが壁だった。足立はイスから立ち上がり、机をよけてそろそろとこちらに歩いてきていた。孝介も同じように立ち上がってパイプイスと共に部屋の隅へ逃げた。なんだってこんなに執着されるのかさっぱりわからなかった。肌が綺麗とかっつったって、俺今あごにニキビあるんですけどと叫んだが、足立はいっこうに聞いてくれなかった。人生終わった、と本気で観念した瞬間だった。
「おぅ足立ぃ。ここに月森って――――――何やってんだ?」
「はへっ!?」
 まるで天啓のように取調室のドアが開き、叔父の遼太郎が姿を現した。その時孝介は部屋の隅でパイプイスを盾のように持ってうずくまり、足立はその脚に手を掛けたところだった。あと少しでも遼太郎の登場が遅れたら、そこに足立の死体が出来上がっていたかも知れない。九死に一生を得た気分とはまさにこのことだ。
 そんなことがあったせいで、孝介は必要以上に警察に対して警戒するようになった。
 そもそも雪子の失踪は殺人事件と何らかの関わりがあるのではと言われていたし、ここで何か付け入る隙を与えたら特捜隊の捜査も進まない。一番いいのは雪子の件で全てが終わりになることだったが、犯人が捕まったという話はこれっぽっちも聞こえてこないし、捜査が進展している様子もない。
 だが雪子がそろそろ登校出来そうだという頃には、取調室での記憶も薄れかかっていた。あれ以来(当然のことながら)警察のお世話になるようなことはなかったし、まぁ所詮はあの時だけのことだしな……と孝介が安堵しかけたその晩、何故か遼太郎が足立を伴って帰ってきた。
 忘れてた。いや、忘れてないけど忘れてた。
 遼太郎が刑事だというのは承知の上だったが、まさかこんなところで足立と再会するなどとは夢にも思っていなかった。
「ども。足立です」
 自己紹介なんかされなくたって顔も名前も嫌というほど覚えている。というか、いきなり記憶が噴出した。
 従妹の菜々子は滅多にないお客さんにやや興奮気味だったが、孝介の気分は最悪だった。しかも案の定、飯の最中もたまにぼけぇっと横顔をみつめてくることがあった。気付かないフリで押し切ろうと思ったのだが、それは甘かったらしい。


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