戦端を切ったのは孝介だった。足立と目が合った瞬間、吸い寄せられるように駆け出していた。
構えた刀を勢いよく振り下ろす。だが当たると思ったその時、薄い影が現れて孝介の刀は払われていた。
「ペルソナ……!?」
りせの困惑した声が聞こえた。孝介は態勢を立て直しながら振り向いた。
大振りのナイフを逆手に持った禍々しい色合いのペルソナが、主を守るように立ちはだかっている。
「なんだよ、あれ。なんであいつが――」
陽介の疑問に答えるよりも早く、孝介は再び駆け出した。上段に構えた刀を振り下ろすと、足立のペルソナは下からナイフを振り上げてそれを受けた。渾身の力を込めて押し切ろうとするが、ペルソナが持つナイフは微塵も揺るがず、逆に後ろへと押し遣られそうになる。孝介は踏ん張った。だが刀はじりじりと押し戻されつつあった。
「ちょうどいいや。君、そこでおとなしくしててよ」
ペルソナの赤黒い腕の奥で足立が笑うのが見えた。視線を仲間へと向け、片手を懐に差し込んでいる。そうして抜き出した黒いものがなんであるのか、はっきりするよりも先に孝介は動いた。跳ね返す力に乗って一度刀を引くと、そのまま斜めに斬り付けた。
不意を突くことが出来たのか、それとも危険を悟って足立がそうしたのか、ペルソナの姿は消え去った。今の孝介は足立に刀を向けている。足立は片手に拳銃を握り、呆れたような顔でこっちを見ていた。
こうやって顔を合わせるのは何日振りだろうか。今でもこれが夢であってくれたらと考える自分を戒める為に、孝介は一度だけ、横目で仲間の姿を確認した。
自分と共に来てくれた仲間たち。真実を追い続けてきた同志たち。
――ちゃんと見ろ。
これがお前の求めた答えだ。
足立はなにかを言いかけたが途中でやめた。わざとらしく大きなため息をつくと、やれやれという風に首を振ってみせる。
「せっかく会えたっていうのに、なんでそんなに怖い顔してんの」
孝介は無言で斬りかかった。足立が片腕を上げると共に再びペルソナの姿が現れる。刃が噛み合い、こすれ合う嫌な感触が腕に伝わってきた。再び押し遣られそうになり、孝介は目を上げた。足立のペルソナはナイフを構えたまま身じろぎもせず、まるで睥睨するかのようにこちらを睨み付けていた。
この禍々しい色合いのペルソナにはどこか見覚えがあった。自分が初めて呼び出した、あれに似ている。だが頭上から見据える瞳は闇のなかに沈んでいた。どこまで行っても奥がないような、深い深い、穴蔵のような目。
「君が来るの、ずっと待ってたんだ」
闇の奥から声が聞こえてきた。孝介はあわてて我に返った。不意にペルソナの姿が薄れて向こうの景色が目に飛び込んできた。とはいっても、この高台には見るべきものが殆どない。崩れかけの岩と、夜を迎えつつある広い空。そこに浮かんだ大きな月が、赤く不気味に輝いている。
「遅いから待ちくたびれちゃったよ」
どういうわけか突然足立の姿が目に映った。それまで刀を押さえていた筈のあのペルソナが消えて、今、目の前には足立が立っている。孝介の刀を素手で押さえたまま、だらしないいつもの笑いを口元に浮かべていた。
「あのね、いい物件みつけたんだ。案内したげるから一緒に行こ」
「……物件?」
「そう。二人で住むのにちょうどいい部屋。駅からも近いし、広くて綺麗だよ」
そう言って、にへらと笑った。自分がどんな状況にあるのかわかっていないらしい。孝介は思わず苦笑した。
「なにバカげたこと言ってるんですか。そんなの――」
「また『出来っこない』とか言っちゃうわけ? あーもう、なんで君はそんなに心配性なのかなあ」
しょうがないなあ、と言いたげに足立は首を振る。その顔を見ていると、自分の方がどこに居るのかを忘れてしまいそうだった。
「え……? あの」
「言ったでしょ? 起こってもないこと心配したって意味がないって」
また足立は笑った。それはいつもの笑顔だった。
腕を振られるのに気付いて目を落とすと、足立が刃を握ったまま脇へ押し遣ろうとしていた。驚いて刀を引こうとしたが、首の後ろを押さえつけられ、視線は強引に前へと向けられてしまった。
笑顔の足立が顔を覗き込んでいる。
穏やかに笑う瞳はどこからか射し込む光のせいでわずかに金色に輝いていた。満月みたいだ、と孝介はぼんやり思った。背中の方でなにか物音というか雑音が聞こえるような気がしたが、それがなにを言っているのかはっきりと聞き取ることは出来なかった。
「大丈夫だよ」
瞳の輝きが増すと同時に、孝介の体から力が抜けた。首の後ろが熱くなり、視界に黒い靄がかかってよく見えなくなる。刀を取り落としそうになっていることに気付いてあわてて力を入れたが、それは鉛のように重く、いつの間にか片手を離してしまっていた。
――しっかりしろ。
なにかがおかしい。
離れた手を伸ばそうとして取り押さえられた。孝介は倒れそうになる足を踏ん張り、顔を上げた。ずっと上の方から真っ暗な目がこちらを覗き込んでいる。足立の声はその闇の奥からそっと耳に忍び込んできた。
「もうなにも心配しなくていいんだよ。全部終わるんだから」
「……全部?」
「そう」
足立の優しい声が続けた。だからさ、早く戻って買い物して、一緒に帰ろうよ。ここ寒いでしょ? キャベツ鍋作ってくれるって言ったじゃない。ね?
――足立の指がカレンダーを指している。ここなら大丈夫だと言って笑っている。……ああそうだ、泊まりに来るって約束してた。こんなことしてる場合じゃない、行かなきゃ。行って準備しなきゃ。あの人が来るんだ。あの人、……足立さん、……足立さん、なにしてるのこんなところで。
俺、一体なにしてんだ。
ぐらぐらと揺れる視界の隅で足立が片腕を振り上げている。背後の雑音がなにかを叫んでいる。どこか聞き覚えのある声、だがそれをどこで聞いたのか、最後まで孝介は思い出せなかった。
「だから、おとなしくしてな」
にたりと、口元が笑っていた。
「――月森!!」
赤黒い腕に殴られて吹っ飛ばされた。背中を打ち付けそれでも止まらず、何度か地面の上を転がった。
「ちょ……大丈夫っすか!」
「月森くん!」
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