しかしこいつは――孝介やその周囲の数人は、そんなところへわざわざ乗り込んでいってまでりせを助けている。どうやら事件の犯人をみつけようと躍起になっているらしい。よっぽど暇なんだなと呆れるが、同時に感心するのは、そんな事実などおくびにも出さないことだ。
 現職の刑事である叔父の家に住み、同じく刑事である自分とこうして会っていても、そんなことなど微塵も感じさせない。堂島は確かに孝介に対してなんらかの疑念を抱いているようだが、それもどちらかといえば事件に巻き込まれることを懸念してであるらしい。関係ない奴が現場を引っ掻き回すな、怪我する前にとっとと帰れ――ということだろう。
 なんの為にそんな無茶をするんだか。正直足立には理解不能だ。他人の為に労を厭わないなんて、そんなのは一番馬鹿げている。
「……あの……」
 声に顔を上げた。孝介は飲み終わった缶を足元に置いて一度こっちを見た。何かを言うように少しだけ口を動かして、でも言葉は出てこないままうつむいてしまった。
「なに?」
 握った手を引き、身を寄せて横顔を覗き込む。孝介は足元を見下ろしてじっと何かを考えているようだった。
「……足立さんは、なんで――」
「うん?」
 また言葉が止まってしまう。奥歯を噛み締めながら首を振り、「なんでもないです」とだけ呟いた。
「なに。途中でやめないでよ、気になるでしょ」
「すみません」
 ――何考えてんだろ。
 本当に犯人を捕まえられると思っているんだろうか。どこまで続ける気でいるんだろう? こんな風にして誘いを掛ければあっさりと出てきてしまう自分自身を、どう思ってるんだろう。
「――ねえ、ちょっとだけ部屋来ない?」
「え?」
 ――何考えてんだろ。
 どうしたら吐かせられるだろうか。果たして吐かせることが出来るのか? だがそんなことはどうでもいい、今は無性にこの子供をいじめたかった。甘い言葉で騙して誘惑して、それをどこまで我慢出来るのかを見たくなった。今日はあまり時間が取れないだろうが、それなら明日がある、明後日がある。
 孝介は困惑した目で考え込んでいる。足立は更に手を引いて顔を寄せた。
「ね。少しでいいから」
「……」
「駄目?」
「……駄目じゃ、ないですけど……」
 堂島も帰ってきたという話だから菜々子のことは心配しなくていい筈だ。だが孝介はまだ逡巡を繰り返していた。足立はもっと身を寄せて、耳元にささやきかけた。
「外じゃしたくてもキス出来ないよ」
「……っ」
 孝介が手を握り直してくる。足立は人差し指をくすぐりながら返事を待った。
 ふと孝介が顔を上げた。相変わらず何かを言いたそうなのに、言葉はひとつも出てこなかった。
 ――何考えてんだよ。
 頑なに明け渡すことを拒絶するその胸の内に、一体何が隠されているのか。洩れ出てくるのは苦しそうな吐息ばかりだ。うつむいてしまった孝介の顔を足立はそっと覗き込んだ。
「ね、来なよ。ちょっとだけ」
 ためらう瞳が静かに持ち上げられた。すがりつくようなその眼差しに、足立は一瞬我を忘れそうになった。
「…………はい」
 足立は手を離し、髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど孝介の頭を撫でた。ガードレールから腰を上げて「行こう」と笑いかける。空き缶を自販機側のゴミ箱に入れたあと、孝介は置いていかれまいと駆け寄ってきた。
 田舎のいいところは、唯一人通りの少ないことだと、足立は思った。


「――お前たち、なにやってんだ?」
 遼太郎の声を合図に菜々子は襖を開けた。新聞を片手に持つ遼太郎は、階段の上から菜々子の手元まで伸びた糸を不思議そうに見下ろしている。
「あのね、糸電話!」
「菜々子と一緒に作ったんです。この前毛糸で作ったんだけど、全然聞こえなくて――な?」
「うん」
 孝介は階段の途中に腰を下ろして糸電話の片方を持っていた。珍しく三人が揃っている、のどかな日曜の午後のことだ。


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