「二本って、何があるんですか?」
 手を握り返して孝介は訊いた。
「かたっぽはサスペンス映画。僕としてはこっちがお勧めかな。もう一本はAVだよ」
「……は?」
「だからAVだってば」
 足立はベッドの手前で足を止めて振り返った。そうして何がおかしいのか、わざとらしいほどににたりと笑った。
「アダルトビデオ。ホラ、君の歳じゃ借りられないでしょ? だから代わりに借りてきてあげたの。僕って親切だよねぇ」
「どんな親切なんですかっ」
「あれ、観たくないの?」
 意外だと言わんばかりの表情で問い返され、孝介は返事に詰まった。なるほど、手を握ってきたのは逃げられないようにする為か。なんでこんな男に会う為にわざわざあんなに走ってきたんだ。自分の愚かさが呪わしい。しかしAVはちょっと観たい。っていうかかなり観たい。
「…………今度にしときます」
「なーんだ、残念」
 足立は手を離すと台所に戻っていった。取り残された孝介は仕方なくベッドに腰掛けた。そうしてテーブルを見た瞬間、思わず吹き出しそうになった。レンタルショップの青い袋の上に、何故かアダルトビデオのパッケージが載っていた。ちなみにOL物。
「ホントにいいの?」
 足立が戸口から顔を出して覗いていた。
「アイちゃん投げますよ」
 そのひと言で足立の顔が引っ込んだ。片手に持っていたアイちゃんを元に戻しながら、お前はとんだ人のところに買われてきちゃったんだねぇと、しみじみ同情してしまった。
「……あーっと、アイスコーヒーと午後の紅茶、どっちがいい?」
「紅茶って何味ですか」
「ストレート」
「じゃあ紅茶で」
 部屋は相変わらずの汚さだったが、テーブルの上だけはなんとかしようと奮闘したらしき跡が見て取れた。整頓しようという心掛けは偉いと思うが、この部屋を綺麗にしたければまずは物を捨てるところから始めた方がいいんじゃないだろうか。部屋の隅で雪崩を起こしている雑誌の山を見て孝介は考えた。
「先週どっか行ってたんだって?」
 両手にグラスを持った足立がやって来た。
「林間学校だったんです」
「へー、いいなぁ。キャンプとかしたの?」
 受け取った紅茶に口を付けて孝介はうなずき返す。
「一応テント張ったりはしましたけど。でも殆どゴミ拾いに行ったようなもんですよ」
「学校の行事なんてそんなもんでしょ。夜にテント抜け出して女の子のとことか行った?」
「うち、それみつかると即行で停学なんです」
「そりゃ厳しいね」
 足立はアイスコーヒーをひと口飲むとグラスをテーブルに置き、代わりにレンタルショップの袋を拾い上げた。もう一本は言葉の通り海外のサスペンス映画のようだ。パッケージからDVDを取り出して機械にセットしている。
「足立さんはその映画、観たことあるんですか?」
「もう三回くらい観たかな。結構お気に入りでね」
 リモコンを取り上げてディスクをスタートさせる。そうしてこちらに振り返り、
「後味の悪い映画なんだ」
 そう言って微笑んだ顔がなんだか怖くて、孝介は一瞬身動きが出来なかった。
 動揺を悟られまいとグラスを口に運んでいると、足立はベッドに乗り、孝介の背後へと腰を下ろした。そうして腹の辺りを両腕で抱え、ぴったりと体を密着させてきた。
「はー、落ち着く。――あ、ごめん、コーヒー取って」
 リモコンを脇に置いて腕を伸ばしてくる。孝介は前のめりになってグラスを拾い上げ、足立の手に渡してやった。足立はコーヒーをひと口飲んだだけでまたグラスを戻してくる。どうやら映画を観ているあいだ、ずっとこの体勢でいる気らしい。
「足立さんって、この恰好好きですよね」
「なんか落ち着くんだよねー。なんかをぎゅーってしてるのってさ。そういうの、ない?」
「俺は――」
 少なくとも何かを抱えて落ち着くような記憶はない。だが今こうして背後から抱き締められ、背中全体に足立の体温を感じているのは心地良かった。
「俺は、背中に人が居ると落ち着きますかね」
「今みたいに?」
「はい」
「ふうん」
 別の映画の予告編が始まった。出てきた車のデザインになんとなく古臭さを感じる。どうやら結構昔の映画であるようだ。
「選手交代」
 そう言っていきなり後ろへ引っ張られた。何事かと思っていると、持っていたグラスを奪われテーブルに置かれてしまった。そうして何故か目の前に足立が座り込んできた。
「ちょっと試しにやってみてよ」
 足立はそう言うと孝介の腕を拾って自分の腹に巻き付けた。仕方なしに力を込めたが、別段面白いとは思わなかった。足立は意外にがっしりとした体つきをしているので、頑張って腕を伸ばさなければならない状態だ。これでは抱き締めるというよりは「しがみついてる」と表現した方がよさそうである。
「……なんか疲れるんですけど」
「うん。僕も落ち着かない」
 気抜けした声で足立は言い、腕のなかから逃げていった。そうして再び背後に回るとお馴染みの動作で抱き付いてきた。
「やっぱりこっちの方がしっくりくるや。はー、落ち着く」


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