それにしても、一体どういう基準でこの力を得るんだろう――天井へ向けて煙を吐きながら考える。ただテレビのなかに入れるというだけでは(自分はそもそも入ろうなどとは考えないが)なんの面白味もない。ここまで混乱させるのだって結構な苦労がいった。
そこまで考えて、足立はため息のように煙を吐き出した。
そうなのだ。別段この力があるといっても、どうということはない。テレビのなかに入りました。はい、出てきました。手品だと言えばそれなりに面白がってももらえようが、それだけだ。
なにもない。なにも変わっていない。
「まあいい。とりあえず、捜査のついでにでも聞き込みしてくれ。沖奈市の方がいいかも知れんがな」
「ここら辺、遊ぶとこないっすからねえ」
「まったくだ」
堂島は煙草を消しながら苦笑した。
「こういうガキはほっといてもいいんじゃないすか? どのみち戻ってきたところでまたバカやるだけだろうし、居なくなって喜んでる奴の方が多いっすよ、きっと」
「――足立」
不意に髪の毛をわしづかみにされて引っ張られた。また殴られるのかと思い、うひゃあと悲鳴を上げたが、聞こえてきたのは意外にも優しげな堂島の声だった。
「あのな、確かにこいつらはバカだ。バカが高じて他人に迷惑をかけてばかりいる。……けどな、だからって無くなっていい命なんか一個もねぇんだ。――わかるか?」
「……はい」
堂島の手が髪から離れ、軽く頭を叩いていく。すんませんした、と足立は呟き、震える手を伸ばして灰皿に吸いさしの煙草を置いた。耳元で堂島の苦笑が聞こえた。足立は顔が上げられない。
「悪いがコーヒー買ってきてくれ。お前も好きなもん飲め」
「はい」
机に置かれた堂島の小銭入れをつかみ、顔をそむけるようにして立ち上がった。
自販機の前には制服姿の警官が一人立っていて、今小銭を放り込もうとしているところだった。足立は床を睨み付けて順番を待った。先の警官が紙コップを持って立ち去ると、ひとまず二度三度、壁を蹴りつけた。それから金を取り出して一番安いコーヒーを堂島の為に購入した。
コーヒーが出来上がるのを待つあいだ、足立は苛立ちと共に考えた。――それでも、死んだ方がいい奴が多いのは事実だ。あんたがなにを言おうと、その事実は変わらないんだ――。
稲羽市へ赴任してきて二ヶ月弱。
早くも足立は倦み始めていた。
最初こそ興奮したが、それも過ぎてしまえば残っているのは虚しさだけだった。結局今動いているのは生田目だし、どうやらほかにも同じ能力を持つ人間が居るらしい、しかもそれが孝介あるいはその友人どもらしいとわかっても、だからってそれがどうしたというのだろうか。
生田目はマヨナカテレビに映った人間をテレビに放り込む。――あっそ、あんたはいいねえ。きっと正義感にまみれて毎日お楽しいでしょうよ。
孝介たちはマヨナカテレビに放り込まれた人間を救出する。――君らホントに暇だねえ。でも案外、雨の日が来るの楽しみにしてんじゃないの?
あのさあ、言っとくけど、最初に始めたの僕なんだからね? 僕が最初にあのバカどもをテレビに放り込んでやったから、君ら今充実して毎日生きてんだよ? ちょっとは僕に感謝してくれてもいいと思うんだけどなあ。なあんでいつの間にか、僕のこと除け者にしてんのかなあ。
完二の捜索に熱など入りようがなかった。戻ってきたという話を聞いても、あっそ、としか思わなかった。殺人事件の捜査も進む筈がなく、ことあるごとに県警から突き上げをくらう堂島を、たぁいへんだねぇと他人事のように眺めるばかりだ。
だから、ちょっとした暇潰しのつもりだった。からかってやろ、と思っただけだった。
なのになんでこんなことになっているのか。
「……ん……っ」
孝介は足立の背中にしがみついたまま、嫌々をするように首を振った。眉間に皺を寄せ、苦しそうに呼吸を繰り返すが、その合間にこぼれるため息はひどく熱い。足立の右手の動きに時折びくりと体を震わせると、そのたびにまた、すがるように背中へ伸ばした手に力を込めた。
――うーわー、本気で感じちゃってるよ、この子。
初めて他人にさわられたその感触に、心底夢中になっているようだった。それでも抑えきれない嬌声が洩れるたびに孝介は我に返り、あわてて肩口へと顔を伏せ、声を押し殺そうとする。それを見た足立は悪戯心をくすぐられ、煽るように耳元をねぶり、首筋をきつく吸い上げた。
「……ぁ……っ、も……、」
不意に腕から力が抜けた次の瞬間、孝介はあわてて身を固くした。
「もうイきそう?」
返事はない。顔を真っ赤にして懸命にしがみついてくるばかりだ。
ちょ、そんなにしがみつかれると背中痛いんだけど。そう思う反面、その必死な姿が妙に愛おしくてたまらなかった。慰めるように頭を撫でてやると、孝介は安心したように息を吐き、また快楽のなかへと戻っていく。
――あー、なんか、
こういうの、ちょっといいなあ。足立は知らずのうちに口元をゆるめていた。そういえば馴れていない相手の反応というのは初めてだ。
羞恥と快楽に酔ってほかになにも考えられないといういっぱいいっぱいの姿に、いつしか足立も興奮を覚えていた。自分がこうさせていると思えば思うほど嗜虐心を煽られ、それがまた孝介の快楽へとつながっていく。
我慢出来ずに唇を重ねた。夢中になって舌を絡ませてくる。そうして不意に身を引いたと思った瞬間、足立の右手に熱いものがほとばしった。
孝介は肩を震わせながら顔を伏せた。足立の肩口に寄りかかると、小さなうめき声を切れ切れに上げた。足立はその頭を抱き寄せて髪を梳いた。目尻に涙が浮いているのを、そっと舌で舐めてやる。
しばらく、どちらも無言だった。部屋にはニュースキャスターの乾いた話し声と、孝介の荒い息遣いだけが流れていた。
足立は床に振り返り、足を伸ばしてティッシュの箱を引き寄せた。孝介の体から手を放すと右手に残る精液を拭き取り、ついでに孝介の腹を拭ってやる。
「や、あの……!」
「んー? なにー?」
自身のもたらした事態に動揺しているようだった。足立は構わず新しいティッシュで腹を拭い、そっとものをつかんでこぼれた液体を拭いてやった。孝介は泣きそうな顔ですいませんと謝っていたが、まだ抜けきらない感触に体が再び反応を示していた。それに気付いた足立は、わっかいなぁと呆れて思うと同時に、悪戯心をむくむくと湧き上がらせていた。
「悪いって思うんだったらさあ、お詫びしてよ」
「は……?」
「これ、どうにかして欲しいんだけど」
そう言って足立はティッシュをゴミ箱に放り投げると、孝介の右手を取って自分の下着のなかへと突っ込んだ。無理矢理にものを握らせ、「ね?」と言ってにっこり笑う。
「は!? あの、」
「自分だけってのは、ずるいと思うんだけどなあ」
「それは、その――」
「もう一回してあげるからさ」
next
back
top