堂島が写真を差し出してくる。それを見た瞬間、足立は思わず吹き出してしまった。
「どうした」
足立からの貰い煙草を口にくわえ、堂島は怪訝そうな顔をした。
「いえ、……なんて言うか、田舎の人って本当に伝統を重んじますよね」
「……」
堂島は渋い顔つきで写真を眺めたあと、何故か恥ずかしそうに「こいつはまだマシな方だぞ」と呟いた。
そこには一人の少年が写っていた。剃り込みを入れた髪の毛を後ろへと流し、斜に構えた格好でカメラのレンズを睨み付けている。学校の制服らしい上着は袖を通さず肩にかけられ、いっぱしの不良を気取っているようではあるが、頬の辺りに隠し切れない幼さがうかがえた。
写真は全体で撮ったものの一部を引き延ばしたらしく、鮮明度にやや欠けていた。恐らく卒業アルバムのようなものから印刷したのだろう。足立はあらためて写真を眺め、十年後に見返して恥ずかしさに身悶えればいいよ、と生温かい気持ちになった。
「で、このヤン……この子がどうしたんです?」
堂島の机の側へ、近くにあったイスを引き寄せながら足立は訊いた。
「母親から捜索願が出された。巽完二、十五歳。八十神高校の一年生だ」
「八十神高校……あれ? 巽って、もしかして商店街の巽屋の子ですか?」
「そうだ。まぁ前々から素行不良で、何度か引っ張られてきたりはしてたんだ。ただ根は悪い奴じゃないし、こう……どこか行き過ぎた正義感があってな。それで結果的に騒ぎになっちまう」
そう言って堂島は小さなため息をつく。写真へと目を落とす姿には、出来の悪い我が子を見守るような慈愛が感じられた。それを横で見ていた足立は、なんとなくだが軽い嫉妬のようなものを覚えた。写真のなかの完二を睨み付け、よかったな、堂島さんが心配してくれてるぞ、と暗い気分で語りかけた。
「捜索願ってどういうことすか」
もてあそぶばかりで火を付けようとしないのを見て、足立は机の上のライターを取り上げた。堂島はそれで気が付いたように煙草をくわえ直し、苦しそうに煙を吸い込んだ。
「おとといの夕方から家に戻っていないらしい。今まで無断外泊はあっても必ず朝には戻ってきたそうなんだ。携帯も通じないということで母親が心配してな……あそこ、父親は病気で他界してるんだ」
「――そういえばこの子、このあいだテレビに出てましたね」
話題を変えるように足立は言った。堂島は苦り切った顔でうなずいた。
「あの特番な。お前も見たのか」
「見ましたよ」
――あと、マヨナカテレビも。
足立は笑顔でうなずいた。
「ただでさえ事件の関係でマスコミがうろちょろしてるってのになぁ」
「……なんか関連はあるんですかね」
「わからん」
堂島は写真を置くと、目の前に並べてあるファイルを漁り始めた。
「ただ、八十神高校つながりってのが気になるな。二人目の被害者である小西早紀、一時期行方不明になっていた天城雪子、それに巽完二だ。年齢はバラバラだが、みんなこの町に住んでいて同じ高校に通っている。それに、なにかしらの形で、山野真由美に縁がある――」
「八十神高校って言えば」
急に思い出して足立は手を打った。
「昨日だったかな、堂島さんとこの甥っ子くんに会いましたよ」
「孝介に? どこで」
「えぇと、巽屋さんに話聞きに行ったんです。ホラ、山野アナがスカーフ特注してたとかで――」
二人は知らずのうちに顔を見合わせていた。
「……孝介が巽屋に居たのか?」
「はい」
「なんの用事だ?」
「さあ。友達に頼まれてとかなんとか言ってましたけど」
「……」
――あれえ?
今の言っちゃヤバかったかな、と堂島の渋い顔つきを眺めながら足立は考える。だが同時に、妙な符丁のようなものも感じていた。
「友達ってなぁ誰だ」
「天城屋の子だって言ってました」
「天城雪子か。……行方不明になってた、天城雪子だな」
「はい」
それだけ確認すると、堂島はなにかを考え込む顔つきになった。
――あれれれれ?
別の流れで足立も考え込んでいた。
そういえば妙な偶然が続いている、ような気がする。マヨナカテレビに放り込まれた天城雪子、と同じクラスの月森孝介。どうやら仲がいいらしく、一度ジュネスのフードコートでほかの友達と一緒のところに出くわしたことがあった。
だけど、今度はどうなんだろう?
捜索願が出されたのは昨夜遅くであるらしい。だが実際に完二が居なくなったのはおとといの夕方頃だ。つまり足立が巽屋で孝介に出くわしたのは、完二が居なくなった翌日ということになる。
月森孝介は友人の天城雪子に頼まれて後輩の巽完二の家へ行った。――言い換えると、孝介は一時期マヨナカテレビに放り込まれていた雪子に頼まれて、現在マヨナカテレビに放り込まれている完二の家へ行った。しかも完二がテレビのなかへ入れられたあとに。
――まさか。
偶然だ、と足立は笑い飛ばしたかった。だが笑い飛ばすには偶然が上手く嵌り過ぎていた。
ちらりと堂島を見ると、上司はまだ深い考えに沈んでいた。堂島でさえなにかを感じるほどのつながり具合だ。これをただの偶然だと見逃すわけにはいかない。
考えてみれば雪子が居なくなった直後にも奴らは騒いでいた。ジュネスで揃っている姿もしょっちゅう目撃されている。
三人目、だ。恐らく間違いないだろう。
――へえ。
足立は口の端が笑いに歪むのを隠す為にうつむき、煙草を取り出した。そうして火を付けながら、まさかこんな近くに居たとはねえ、と内心で感嘆の声を上げていた。
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