指先で撫で上げると、孝介はあわてて息を詰めた。そうして声を洩らさないようゆっくりと息を吐き、困惑の眼差しを投げつけてくる。だがもてあそぶような指の動きのなかに心地よいものをみつけたらしい、やがて陶酔のため息をひとつこぼした。
足立は首に腕をかけてぐいと抱き寄せ、
「ね?」
観念したのか、孝介の手が動き始めた。
やり辛いからと孝介の体をベッドの上へと引っ張り上げ、向かい合うように座り直した。互いにズボンを下ろして下半身を露出させ、熱い息を何度も交わした。唇が離れると孝介はまた肩にもたれかかり、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。そのままもごもごとなにかを言うので、
「なに?」
「……なんか、すごくシャレにならないことしてる気が……っ」
足立の吹き出した息が耳にかかったらしい。孝介はびくりと体を震わせた。
「耳、弱いの?」
「……っ」
耳のなかへ舌を這わせると孝介は一度悲鳴を上げ、逃げるようにあわてて身を起こした。足立は空いている方の手でその首をつかみこちらを向かせ、震える唇を指でなぞった。
「あのね、気持ちいいことしてる時にほかのこと考えちゃ駄目だよ。目の前の快感に一生懸命になんなくっちゃ」
そうしてうっすらと開いた唇の奥へと人差し指を差し入れた。孝介は困惑した表情で指をくわえ、下からこちらを盗み見た。ほら、と優しく諭すように呟くと、やがて足立の指を深くくわえ込み、ゆっくりとしゃぶり始めた。
足立はその様子をうっとりとした顔でみつめている。孝介は恥ずかしそうにうつむいてしまうが、脇から顔を寄せると、見ないでくれと言いたげにまぶたを伏せた。
――ヤーバ、ちょっと嵌りそう。
指を舐める合間に、孝介は熱い息を吐いた。奥へと突っ込むと苦しそうに眉根を寄せ、抗議のうなり声を上げる。足立は構わずにまぶたへと唇を触れた。耳の端を舌でなぞり、首筋をちろちろと舐め上げる。
「ん……っ、ふ……ぁ、」
「――手、止まってるよ」
叱りつける声に一瞬だけ怯えた表情を見せ、困惑しながらもまた手を動かし始める。指を引き抜くとそれを追いかけるように舌が伸びた。唾液で濡れた指を口元に置くと、なにかをねだるようにこっちを見た。足立はわざと動かない。待っているとためらいがちに腕が伸ばされて抱き寄せられ、震える唇が重ねられた。言いつけどおり、快楽ばかりを追いかけているようだった。
「気持ちいいんだ?」
唇が離れたあとそう訊くと、孝介は顔を赤くしてうつむいてしまった。腕をかけてぐいと抱き寄せ、ね、と重ねて訊くと、
「……はい……っ」
「そう」
いい子だね、心のなかで呟いて頭を撫でる。そうして一気に湧き上がってきた快感と共に首筋に噛み付いた。孝介の甘い悲鳴が耳元で弾けた。
「あ――ねえねえ」
神社の鳥居に寄りかかっていた足立は、目標とする人物をみつけて声をかけた。だが相手の方は自分が声をかけられたと気付いていないようで、まるっきり無視の態度ですたすたと行ってしまおうとする。
「ねえってば」
「ああ?」
肩に手を触れると、ものすごい勢いで払われた。足立は驚いて軽く両手を上げた。振り返った相手は上の方からこっちを見下ろしてくる。今初めて気が付いたが、鼻にピアスまでしていた。
――うーわー、なんだこの子。
とりあえず警戒させまいと、足立はにへらと笑ってみせた。
「君、巽完二くんでしょ」
「だったらどうした」
「いや、あの、……今日から学校? 具合はもういいの?」
「……」
完二は鋭い目付きで睨み付けてきた。だいぶ警戒されているらしい。まだなにもしていないというのに、ちょっとでも気に障ったらすぐに殴りかかってきそうな気配だった。
「あの、朝のこんな時間から申し訳ないんだけど、ちょっと話を――」
「ああ? んだてめぇ、テレビかなんかか? またふざけた番組作ろうってんなら容赦しねぇぞごらぁ!」
「ち、違うってばあっ」
足立はあわててポケットを探った。警察手帳を取り出そうとしたのだが、余計なものがごちゃごちゃと入っていたせいで肝心のものは見当たらず、代わりに資料を挟んだメモ帳が落ちてしまった。
「おら! とっとと俺の視界から失せやがれ!」
威嚇するような完二のこぶしが飛んできた。足立は頭をかばいながら落ちた手帳やらなんやらを拾い上げたが、恫喝の言葉が続いた為に全部を拾うことは叶わなかった。そのまま足立は商店街を北側に向かって駆け出した。
「な……なんだ、あのクソガキ……っ」
大通りに出た辺りで足を止めて振り返る。おい、と完二の呼ぶ声が聞こえたが、当然のように返事はしなかった。
少し待ってから先をうかがうと、完二の姿は消えていた。側にあった自販機でコーヒーを買い、のろのろと神社まで戻っていく。完二と共に、取りこぼした紙切れも消えていた。
にまり、と口元が笑った。
大した資料ではないが、「三人目」であれば関連性に気付く筈だ。今は完二が底抜けのバカでないことを祈ろう。なんてったって、これは「謝礼」なのだから。彼の手に渡ってもらわなければ困ってしまう。
足立はそのまま神社のなかへ進み、お社の前の石段に腰を下ろした。朝の荘厳な空気をぶち壊しにするように煙草を口にくわえ、火を付けた。そうして携帯電話を取り出し、着信履歴を確かめた。
孝介からの電話は一度もない。
ちえ、と呟いて足立は煙草を吸い込む。だがすぐに口元がゆるんでにまにまと笑いが込み上げてきた。それはそうだ、足立は新しいおもちゃを二個もいきなり手に入れたのだ。
クソガキどもがつるんで躍起になっている特別捜査隊。そしてそのクソガキである孝介自身。
――あー、おっかしいの。
灰を叩き落としてコーヒーを飲んだ。そのあいだも、にまにまとした笑いは止まらない。
あれは十日ほど前のことだったか。またおいでという言葉に孝介は返事をしなかった。だがそれでもいい。うんと言わないならネチネチとつついてやるだけだ。
男の人にいたずらされました、なんて、高校生にもなって言えるもんかねえ? いやまさか言えないよねえ。しかも相手がこの僕だし? 叔父さんの同僚、っていうか、相棒の僕だよ? まっさか言えないよねえ。
にたにたと笑ううち、我慢出来ずに足立は声を上げて笑っていた。いやしっかし、誰だか知らないけど、面白いように仕組んでくれたよねえ。まさか三人目があの子たちとはさあ。
これでしばらくは楽しめそうだ――足立は空に向かって大きく煙を吐き、にんまりと笑った。
「あー、まったく。稲羽市っていいとこだなぁ」
返事をするかのように、カラスが鋭い鳴き声を上げた。
君、なに?/2010.12.05
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