今のところ、動きを知る為には孝介と切れたくない。生田目からの情報だけでは後追いになってしまうし、そもそもこいつらがあたふたする様を見るのが楽しいのだ。なのにここで終わってしまったら、面白さは半減どころかマイナスだ。
足立は真剣な表情で、一度静かに息を吐いた。
「そう思いたいなら思っとけばいいよ」
とりあえずは引いてみることにした。幸い、都会にうようよ居るすれっからしの女どもとは違う。人を疑うことを知らない、バカな高校生だ。今は突っ張ってみせたところで、結局は我慢出来なくなるに決まっている。
案の定、孝介は驚いたように顔を上げた。足立はわざと目をそらせた。
「冗談でああいうことが出来るんだって思うんならね」
そうして続けようとした言葉を呑み込み、わざとらしく笑ってみせた。
「いやまぁホラ、君だってさ、こんなおっさん相手にしてるよりは、同級生の女の子の方がいいでしょ。可愛いしさ。……その、」
「……」
「やっぱり……ね。……や、……なんて言うか、」
――あれえ?
冗談で言っている筈なのに、何故か胸が痛かった。困って指を組んだり外したりを繰り返し、また笑おうとして、本気で果たせなかった。
「……誰でもいいんだったら、ホントによかったのにね」
――あれれれれえ?
足立は口元を手で隠して目をそらせた。そうして、ちょっと待て、と内心で動揺の声を上げていた。
なんだこれ。ちょっと待て。これじゃあまるでこっちが本気みたいじゃないか。ええ? いや有り得ないっしょ。だって相手こいつだよ? 男だよ? いや確かにやれるのはいいさ、まぁ男だろうが女だろうが突っ込むことには変わりないし。でもさ、いやいやいや。
待って。うん、とりあえず落ち着こう。僕一体なに言ってんの。
「本気で嫌ならもうしないよ。――ごめん。悪かった」
ちょっと! なに言ってんの!
「……ごめん」
しかもなんか泣きそうだし!
足立は煙草を取り出そうとして落としてしまう。演技でやったんじゃない自分がかなり哀れだった。
箱からこぼれた煙草を一本ずつ拾っていった。遠くへ転がった煙草を孝介が拾ってくれた。手のなかへ落とす時、
「嫌じゃないですよ」
ぽつりと呟いた。足立は驚いて顔を上げる。孝介はそらせていた目をこっちに向けて一瞬だけみつめたあと、気まずそうに視線を動かした。
「また遊んでください」
「…………えええええぇぇぇ、ななななに君、そ、そんなに僕のこと、……す好きなわけ?」
「好きですよ」
大声で笑ってやろうとした。バカじゃないの、と嘲笑ってやりたかった。
笑えなかった。
テーブルの下で指をつかまれた。驚いて引こうとしたが、つかむ力が強くて振りほどくことは出来なかった。
「……あの」
孝介が鋭い目付きで睨んでくる。十歳以上も年下のクソガキに、何故か足立はたじたじになっていた。逃げるべきだ、と頭のどこかが警告を発していた。だけど体が石になってしまったかのように動けなかった。
ヤバい。なんだこれ。なんか知らないけど、すっごくまずい。
突然孝介が口を開いた。抑えていた怒りを吐き出すかのような勢いだった。
「だってしょうがないじゃないですか。俺だって嫌ですよ、こんな、いっつも寝癖ついてて平気でほったらかしにしてるような人、部屋があんなに汚くても平気な人、正直冗談じゃないと思いますよ俺今自分の神経マジで疑ってますよっ」
まずいって。
「なんか、いっつもネクタイ曲がってるしスーツてろてろだし、なんかいっつもへらへら笑っててホントに公務員試験通過したのか、っていうかこんな人採用する日本っていう国まで疑っちゃいますけど」
……ねえ。
「………………好きですよ」
孝介は顔を真っ赤にしてうつむいている。
――あれえ?
なんか違う。なんか予定と全然違う。いや、こいつが突っ走るのは構わないんだけど、あれえ? なにこれ。なんだ、これ。
なんで血管切れそうなくらい顔があっついの。
孝介が恐る恐るといった風に目を上げた。そうして不意に指から力を抜こうとした。足立はあわててその手を握った。しばらく二人とも無言だった。
「――今日」
いつの間にか足立は呟いていた。
「仕事が終わったら電話する。……多分、そんなに遅くはならないと思う」
「……」
「うちおいで」
そう言って握った手を引っ張った。驚いて身を寄せてきた孝介に、足立はささやいた。
「嫌ってくらい滅茶苦茶にしてやる」
「……っ」
「ね」
孝介は真意を確かめるように目をのぞき込んできた。足立は微笑みながら手を握り直した。
しばらくののち、孝介の手がためらいながらも力強く握り返してきた。そうして、
「はい……っ」
恥ずかしそうに、だがしっかりとうなずいた。足立は孝介の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回した。
「っていうか、ホントは今ここでやっちゃいたいくらいなんだけどね。いやもう、ビンビンに勃っちゃってヤバいんだけど」
「――バカじゃないんですか!」
孝介のこぶしが額に直撃した。
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