「って言うか、またサボってるんですね」
やって来たエレベーターに乗り込むと、孝介が非難の口調で呟いた。
「人聞きの悪い言い方しないでよ。市内の巡回パトロールだってば。ジュネスは人が多いからさ、見て回るのにも時間がかかっちゃうわけだ」
「そういうのは制服を着たお巡りさんの仕事だと思ってましたけど」
「僕だって警察の人間だよ? みんなの安全を守るのは当然でしょ?」
「……そういうことにしといてあげます」
「うわ、可愛くないなあ」
ようやく孝介の口元が笑った。
売店でソフトクリームとジュースを買い込んだあと、二人は端の方のテーブルに席を取った。ジュネスは二階建てのスーパーでフードコートはその屋上にあるのだが、周囲を遮るものが殆どない為に、涼しい風が心地よく吹き渡っていた。足立はソフトクリームを舐めながら背広のなかに風を招き入れた。
「あー幸せー」
照り付ける陽射しは厳しさを増す一方だ。今年は空梅雨で殆ど雨が降っていない。この週末にまた天気が崩れるという話だが、今日の空模様はそんな気配を微塵も感じさせなかった。
「ホントに甘いものが好きなんですね」
コーラを飲みながら孝介が呆れたように言った。一緒にどうだと誘ったのだが、ジュースだけでいいと断られてしまったのだ。
「ホラ、頭使うからさ。糖分が必要なのよ」
「ふぅん」
「歩き回って疲れるし。汗も掻くし」
「全部言い訳にしか聞こえないんですけど」
「休憩は必要だよって話。――食べる?」
孝介はいりませんと首を振った。近くに居るのに、どこか避けられている空気がずっと続いている。
「そういえば、腰、大丈夫?」
「腰?」
「いや、こないだ突っ込んじゃったし」
孝介がコーラを吹き出しかけた。どうにか飲み込んだあと、おかしなところに入ったと言ってむせている。足立は、大丈夫? と訊きながらソフトクリームを舐め続けた。
「いきなり、なんの話を」
「だって心配だったし」
「……大丈夫ですよ」
「ならよかった」
孝介は気まずそうに視線を外した。
ふと思い付いて足立はテーブルの下をのぞき込んだ。孝介の空いている方の手が彼の足に載っているのが見えた。足立は手を伸ばして指を握った。孝介がわずかに目を上げて非難の視線を送ってきた。
「……足立さん」
「見えないって」
実際、人の姿もさほどあるわけじゃない。足立は鼻歌交じりにアイスを食べ続ける。持ち手のコーンまでしっかりと腹に収めた頃、ようやく孝介が口を開いた。
「足立さんは楽しそうでいいですね」
「なにが?」
「俺のことからかって。……すごく楽しそうだ」
足立はコーンに巻かれていた紙ナプキンで口を拭うと、片手でぐしゃぐしゃに丸め、テーブルの上へ放り出した。ころころと転がったそれは真ん中に置かれた灰皿にぶつかって止まった。
「なにそれ」
孝介は気まずそうに視線をそらせている。
足立はテーブルに突っ伏して孝介の顔を見上げた。
「こないだの、やだった? だったら謝るよ。もうしない」
「……そういうことじゃなくって」
「なに」
孝介は硬く口をつぐんでしまう。足立は握った指を軽く引いた。それにつられたように孝介が振り向いた。泣き出しそうだったのには、さすがに驚いた。
「なんで俺なんですか……っ」
「……」
「遊びたいんならほかの人としてください」
それだけ言って立ち上がろうとするので、足立はあわてて身を起こし、腕をつかんだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って、ね、」
孝介は無言で手を振り払おうとしたが、待って、ともう一度言うとおとなしくなった。
足立は腕を引いてイスに座らせた。孝介は震える手を伸ばしてカップをつかみ、ゆっくりとコーラを飲んだ。
「……すいません」
「いや――」
困って頭を掻いた。なにを盛り上がっているのかさっぱりだった。見ていると孝介は興奮の面持ちで何度か深呼吸を繰り返していた。まるで警察に駆け込んできて苦情を訴える人間のようだ。とりあえず話を聞こう、と足立は思った。幸い、こういう手合いには馴れている。
「なに。どしたの。……そんなに嫌だった?」
孝介は無言で首を振った。なにも言ってはくれなかった。ぎゅっと唇を噛み締めて、懸命に泣くのをこらえているようだった。足立は思わずため息をついていた。
「いやまぁ、ちょっと欲望のままに突っ走っちゃったかなーって反省はしてるよ。うん、確かにしてる。でも別にからかってるとか、そういうつもりは」
ありありだけど。
「……なんで俺なんですか」
低い声で呟いた時、とうとう涙が落ちた。孝介はあわててそれを拭い、テーブルの上を睨み付けた。
「なんで、って、どういう意味?」
なにかを言おうとして口を開きかけ、息を詰まらせてうつむいた。深呼吸を繰り返す。
「遊ぶだけだったら、俺じゃなくてもいいんですよね」
「……」
「たまたま俺だっただけですよね」
そう言って目を上げ、答えをみつけるようにじっとみつめてくる。だがなにも言わずに見返していると、やがて我慢出来なくなったみたいに目をそらせてしまった。
――あれえ?
ようやく合点がいってきた。これは、あれだ。つまりあれだ。
ゲームで言うと「フラグが立つ」。
――あれれれれぇ?
腹のなかでにやりと笑った。だが表面上は冷静なフリを保ち、さてどうやって転がしてやろうかと考えた。
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