足立は外科病棟に居た。ナースステーションの前で見覚えのある看護師からなにか文句を言われている。
「足立さん」
孝介が声を掛けると、足立は苦り切った顔で振り向き、こっそりと手を振ってきた。
「や……やあ君たち、ちょうどよかった。堂島さん見かけなかったかな?」
「またあの人、勝手に病室抜け出したんですよ! まぁったく、何度釘刺しても全然言うこと聞かないんだから!」
「はあ、すいません」
と、何故か足立が頭を下げている。
「あの、みつけ次第、病室に戻るよう言いますんで……」
「頼みましたからねっ」
看護師は言い捨てると肩を怒らせて去っていった。叔父曰く「口うるさい担当」の看護師だ。足立はやれやれと寝癖の残る頭を掻いている。
「まいったよなぁ。搬送も終わったし、これで帰れると思ったんだけど――」
「搬送、終わったんですか?」
「え? あぁ、うん」
直斗の言葉に振り返った。
「さっき、やっとね」
「そうですか……前から思ってたんですけど、ずいぶん急ぐんですね」
「えぇ? だってさ、堂島さんや菜々子ちゃんとこのまま一緒じゃさ。……君たちだって、その方がよかったろ?」
陽介が意味ありげな視線を送ってきた。孝介はなにも言わずに足立をみつめている。
「それより、君たちこそこんな時間になにしに来たの? 菜々子ちゃんの病室はこっちじゃないでしょ。堂島さんにみつからないうちに帰った方がよくない?」
「――もう手遅れみたいっすよ」
陽介が言って、廊下の角へと視線を投げた。足立は何事かと驚いて振り返った。見ると、廊下の曲がり角から手すりに寄りかかりながら叔父の遼太郎が姿を現した。
「足立……生田目はどうした? なんだか今日は、えらく騒がしかったが……」
「堂島さん!」
足立はあわてて駆け寄り、手を貸そうとして拒まれた。遼太郎は手すりにすがったままゆっくりとこちらに向かってきている。
「生田目なら搬送しましたよ。報告しようと思って捜してたのに……」
「な……搬送しただ!? おい、誰がいいと言った! 奴にはまだ訊きたいことが残ってんだ!」
「いや、そんなこと言われても……」
――事件を終わらせたいのは誰なんだ?
「最初の二件の殺しが引っ掛かるんだ。奴は動機もイマイチだし、アリバイも固かった筈だ。証言で埋まった穴も多いが、そこだけは未だに――」
「まーた『刑事のカン』ですか? でももう搬送しちゃったし、僕に迫られても困りますよぉ」
――犯人が捕まって安心しているのは誰なんだ?
「お前ら、こんなところでなにしてる」
気が付くと遼太郎に睨まれていた。一歩前に出たのは陽介だった。
「確かめたいことがあって来たんです。――足立さんに」
「僕に……?」
脇から陽介が腕をつついてくる。刑事二人の視線が孝介に向いた。叔父の厳しい眼差しを受けたあと、孝介は足立に向き直った。
「幾つか質問してもいいですか」
「んー? なに?」
足立はいつもの調子で笑っている。だがかすかに動揺した目が、背後に立つ仲間たちへと注がれていた。孝介は唇をきゅっと結び、ぎこちなく笑い返した。
「山野アナが消えた時のことを教えてください」
「山野真由美が消えた時? 消えた時って言われても、なんとも……見てたわけじゃないし」
「……」
「何ヶ月も前のことだし、急に思い出せって言われてもなぁ」
そう言って足立は遼太郎に振り返った。
「堂島さん、覚えてます?」
「俺が消したわけじゃない」
「そりゃ僕だって」
足立は困ったように笑っている。
「小西さんに何度も事情聴取をしているようですけど――」
「ああ、聴取? そりゃあしたよ。遺体の第一発見者だからね。まあでも彼女、なにも知らなかったから一、二回、ちょっと話を聞いただけだよ」
そうしてまた笑ってみせた。
「訊きたいことってそれかい? どうしたの、一体」
「あとひとつだけ」
孝介が続けるのを見て、足立はうんざりしたように笑いを収めた。
「なに?」
足立の苛立ちが空気を介して伝わってくるようだった。孝介は背後にある仲間たちの存在を思ってなんとかその場に踏みとどまった。
「……脅迫状は、どうしたんですか」
「脅迫状?」
「彼の家に届いたものです。今は警察に渡っている筈ですよね?」
直斗の追及に、足立は首をかしげてみせた。
「いやあ……よく覚えてないけど」
「覚えてないだ?」
咎める声を上げたのは遼太郎だった。
「あれは鑑識と組んで調べるようにって、お前に渡しただろ。忘れたのか?」
「あ、あはは……すいません。あのあとすぐ堂島さん事故ったりして、慌しくなったもんで、つい……。それにあんなの、ただのイタズラでしょ?」
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