カウンター席に着いた陽介が身を乗り出すようにして話をしている。その前をのろのろと横切ってイスに腰を下ろした。
 足立の名前を聞いた皆は、何故その人が出てくるのだと不思議そうに顔を見合わせた。
「まあ、条件合わせたら一番怪しいんじゃねぇかなーって程度で、はっきりそうだっていうわけじゃないんだけど」
 言い訳をするような陽介の言葉を聞いて、千枝が考え込む素振りを見せた。
「……確かに、警察の情報とか、あの人よく洩らしてたよね」
「そうそう。それにさ、刑事だったらあちこちに居たって不審者には見られないわけじゃん」
「でも、足立さんでしょ? だってあの人、山野アナの身辺警護だって言って――」
「身辺警護?」
 直斗が鋭く呟いた。雪子はうなずいて返す。
「山野さんがうちに泊まってた時、マスコミが宿まで押しかけたの。その時、足立さんが身辺警護って来て……有名人は大変だって、仲居さんが話してた」
「つまり足立刑事は、失踪直前の山野アナと接触していたわけですね?」
「……そうなるの……かな」
 問い質された雪子は不安そうに千枝を見た。千枝は一瞬考え込んだあと、小さくうなずいた。
「山野さんの死体発見者である小西さんに、足立刑事は何度も聴取しています。情報が少ない故だと聞いてますが、アリバイの固い発見者を何度も聴取するというのも、確かに不自然ですね」
「ほかに目的があったとか」
「どんな目的っすか」
「それは、わかんないけど……」
 一瞬の沈黙を破ったのはりせだった。
「でもさ、あの人だったら脅迫状も簡単にポストに入れられるよね。っていうか、証拠隠滅も出来るよね?」
 りせの言葉を受けて皆が考え込む。そうして恐る恐る振り返ったのは千枝だった。
「……もしかして、結構怪しい……?」
 孝介はなにも答えられなかった。動揺して手元に視線を落とすだけだ。そのあいだにも、少しずつ鼓動が速くなるのがわかった。まさかこんな簡単に地盤が固まるとは思わなかった。違う、そんな筈はない、そう言い返したいのに、否定する材料がなにもみつからないなんて。
 だって、なんとなく理解出来る。
 夏から秋にかけてずっと足立はおかしかった。あの真っ暗な目。目的を失ってしまったような虚ろな顔。
『最初は君のことからかうのが面白かったんだけど』
 犯人は自分たちがなにをやっているのか知っていた。
 誰にも不審がられることなく堂島家へ近付くことが出来た。
 四月には稲羽市に居た。
「どうする?」
 陽介の声にも顔が上げられなかった。
「……とにかく、確認してみないと……」
 視線をあちこちにさまよわせながら孝介は答えた。今は本人の口から否定されることを望むだけだ。まさか、僕がそんなことするわけないじゃない――あのいつもの口調で、だらしなく笑いながら首を振ってくれたら、それだけで全部捨てられる。
 あの人が犯人なわけはない。
 そんな筈があってたまるか。
「連絡を取ってみます」
 直斗が携帯電話を取り出した。その様子を、皆がじっと見守っている。
「……どうも、お世話になってます、白鐘です。事件のことで、少し気になることがあるので足立刑事と連絡が取りたいんですが。……え? 搬送? これから!? ――あ、はい、どうも」
「搬送って……!?」
 電話を切った直斗はあわてて携帯を仕舞って立ち上がった。
「足立刑事は生田目の搬送準備で病院に行っているそうです。すぐに向かいましょう」
 皆もそれぞれうなずいて腰を上げた。会計を済ませ店の外へ飛び出していく。孝介は最後まで立ち上がれなかった。扉を閉めようと振り返った陽介が、座ったままの自分を目に留めて不審そうに片眉を上げた。
「なにしてんだ、行くぞ」
「……」
 ――あの人が犯人なわけはない。
 そう思うのに、何故か立ち上がるのが嫌だった。
 答えを知るのが怖い。だって、否定する材料がなにもみつからないんだ。もしこれで足立に会いに行って、そこでなにを聞かされるのか、想像するのも恐ろしい。けど――。
『君ならどうする?』
「月森」
 扉の外で足を止めたみんながこちらに振り返っている。自分が行くのを待っている。
 これまでの時間を共に過ごしてきた仲間たちが。
 孝介はゆっくりと足に力を入れた。体重を掛けて立ち上がる。そうして迷いながら出した一歩が次の一歩へと変わる頃、怖いと同時に自分は知りたいのだ、ということに気が付いた。
 孝介はずっと足立がわからなかった。あの真っ暗な目も、飄々とした笑顔も、こだわりがあるのかないのか不可思議な趣味も生活も。
 それも含めて足立だった。それらの全てが彼だった。
 でも孝介はまだ足立をわかっていない。
 店の外では雪が続いていた。皆は白い息を吐きながら辛抱強く自分を待ってくれていた。
「行きましょう」
 直斗の言葉に孝介はうなずいた。そうして歩き出した時、耳元で足立の笑う声が聞こえた気がした。
『毒を喰らわば皿まで、か』
 なるほど、君らしいね――。


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