「天城が誘拐されて、完二がさらわれて、久慈川がさらわれて……」
「……モロキンが殺された」
あとを続けた陽介は、多少辛そうな表情だった。
「ひでぇ話だよな。こればっかは、完全に模倣殺人だったんだろ?」
「ええ。久保美津雄の罪状は見直されたようですが、それでも人を殺したという事実は変わりません」
「ったく、ふざけやがって……っ」
『どいつもこいつも、気に食わないんだよっ』
自分と同い年の少年は、表情の乏しい顔でニタニタと笑っていた。孝介は少しだけ目を閉じて諸岡に思いを馳せた。その瞬間、ふとした疑問が浮かび上がってきた。
「なんで久保は逮捕されたんだ?」
「は?」
「なんで、って……」
陽介と直斗は不思議そうに顔を見合わせている。
「俺らが捕まえたからだろ」
「そうじゃなくてさ。その前。――なんで久保が指名手配されたんだ?」
「諸岡さんの遺体から指紋が出たという話ですよ。それが解決の糸口になったということですが」
「だからさ」
なにをどう話せばいいのかわからなくて孝介はイライラする。きちんと考えようとすれば閃きは逃げてしまう気がするし、逃がすまいと思えば言葉が出てこない。
「指紋が久保のものだって、なんでわかったんだ?」
「それは――」
「……そういや、そうだな。なんでだろうな」
直斗はあわてたようにコートのポケットを探って手帳を取り出した。
「久保美津雄に補導歴はありませんね。勿論指紋を取られるような前科もない」
「なのに指名手配か……」
「しかも指名手配されたのは、諸岡さんの遺体発見後すぐです」
「なんか、おかしくないか?」
孝介の言葉に、二人は深くうなずいている。続いて出た言葉は無意識のものだった。
「そもそも久保は自分からテレビに入ったのか?」
「……え? それって――」
目の前にちらほらと落ちる雪を眺めているあいだに、頭のなかで言葉に出来ないなにかが順々に組み上がっていく様が見える気がした。陽介が疑問の眼差しを投げかけてくるが、なにかを話した途端に思考のパズルが消えそうになり、孝介は口をつぐんで考え込んだ。
警察は犯人が誰なのかを知っていた。なのに犯人はなかなかみつからなかった――当然だ、テレビのなかに居たのだからみつけられる筈はない。でも何故犯人が久保だとわかったのか? そして指名手配された直後に何故久保はテレビへ――
『犯人の奴、事件の直後から行方くらましちゃってるみたいなんだよね。八方手を尽くしてるんだけど、まるで煙みたいに』
犯人は自分たちがなにをやっているのか知っていた。
誰にも不審がられることなく堂島家へ近付くことが出来た。
四月には稲羽市に居た。
「……久保はテレビに入れたのか?」
こちらの思考を極力崩すまいとしてくれているのか、二人は首を振ることで答えをくれた。陽介も直斗も、真剣な表情で孝介を見守っている。
――久保はテレビに入れなかった。なのに行方が分からなくなった。行方が分からなくなったのに犯人だと目された。
『なんていうか、気が抜けちゃってね』
これ以上助けるな――半年ものあいだなにをやっていた? 生田目が誘拐をしていることも知っていた筈だ。だって犯人は生田目と接点があった。山野真由美とも、小西早紀とも、なんらかの形で接触している。
事件が起きたのだから。
見えなかった不審者。目撃されなかった宅配便の車。
……犯人は今なにを考えているんだろう? このままなら生田目が全部罪をかぶることになる、このまま逃げ切ってやれと笑っているのだろうか、どうせみつかりっこないと――。
『その……すぐにさ、全部元通りになるよ』
まさか。
まさか。
「先輩?」
気が付くと直斗が不思議そうにこちらを見上げていた。いや、違う。孝介の方が直斗を見ていたのだ。違う、頼む、お願いだから否定してくれ。お前だったら違うと言ってくれる筈だ、そう願いながら孝介は口を開いた。
「…………足立さん……とか」
直斗は一瞬きょとんとした顔をした。
「足立刑事……ですか? 確かに警察関係者というのも、考えのひとつかも知れませんが……」
「あぁそっか、刑事だったらそこいらに居ても絶対不審者にはならねぇもんな。――え、いやでも待てよ、ってことは足立さんが犯人かもってことか?」
あの足立だぜ、と陽介は呆れ顔だ。否定的な意見に安堵して、孝介も「だよな」と大きく同意する。その後ろで、直斗がゆっくりと声を上げた。
「……その足立刑事についてですが、なんと言うか……実は以前から、なにかがどうも引っ掛かってて……」
「引っ掛かる……?」
「なにが、とははっきり言えないのですが」
直斗の視線を受けて、陽介の表情が変わった。推理に於いて信頼のおける後輩の言葉だ、検証の余地ありと見たらしい。店の方を指で示し、
「みんなの意見聞いてみようぜ」
そう言って真っ先に店のなかへと戻っていった。そのあとに直斗が続く。孝介は最後に店のなかへ足を踏み入れ、暖かい空気に包まれたが、腹のなかは恐怖で冷え切っていた。
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