「直斗の方は、なんかないわけ? 新しい推理とか」
場の空気を変えようと陽介が口を開いた。
「新情報まるで無しとなると、どうにも……。ですがこの町のどこかに、全ての条件を満たす人物が必ず居る筈です。小西さんと山野アナの二人となんらかの接点があって、しかも僕たちの行動をある程度継続的に把握することが出来て……なにより、先輩の自宅に怪しまれずに近付けた人物が」
直斗の口振りは自分に確認をしているかのようだった。その言葉を聞きながら、孝介も同じように考えていた。
必ず、犯人はどこかに存在する。
もしかしたら意外なほど近くに居る人物かも知れない。近過ぎて逆に見えていないだけ、という可能性もある。
「……ちょっと考え直してきます」
暗い顔で呟くと、直斗は席を立って店の外に出ていった。その後ろ姿を目で追っていた孝介は、自分も同じようにイスから腰を上げた。腹が落ち着いたばかりで、暖かい店内では頭がボーっとしてしまう気がしたのだ。
扉を開けると、切りつけるような冷たい空気に包まれた。
「先輩」
隣にやって来た孝介へ、直斗は空を示してみせる。しばらく霧のなかをみつめていると、白いものがちらほらと落ちてくるのが見えた。
「雪か……」
「どうりで冷える筈ですね」
そう言って、少しだけ嬉しそうに笑った。直斗も自分と同じく雪にはあまり縁のない土地に住んでいたようだ。
「事件がなかったら、素直に雪合戦でもして遊べるんだけどな」
「いいですね。僕はどっちかっていうと、かまくらを作りたいタイプですが」
直斗は自分の手に息を吹きかけ、両手をこすり合わせている。
初夏の頃、完二がテレビに入れられるんじゃないかと騒いでいた時、この後輩と顔を合わせた。その後こうして一緒に事件解決へと動くことになろうとは予想だにしなかった。
あれからずいぶんといろんなことが起こった。りせの誘拐、諸岡の死亡、久保美津雄の逮捕。いっときはこれで終わったかに見えて、実は続いていた――直斗の誘拐。
脅迫状。
生田目を追い詰めて遼太郎が事故に遭い、未だに菜々子は入院を続け、一昨日は皆が殺人を犯すところだった。
一歩間違えれば全然違った今を迎えていたかも知れない。だが危ういながらもなんとかここまで来た。
真犯人は必ず居る。
「うー、さっびぃ」
扉が開いたので振り返ると、やって来たのは陽介だった。
「確かにこっちの方が、頭が冴えて推理も働く気がするな。……っと、雪か?」
陽介は我が身を掻き抱きながら空を見上げた。
「こんだけ霧が濃いと、せっかくの雪も紛れちまってよく見えねぇな」
「そうですね……」
三人はしばらくのあいだ、無言で空を見上げていた。はらはらと舞い落ちる雪は道路へたどり着いた瞬間、滲むようにして溶けていく。あとに姿は残らないが、わずかにアスファルトの濡れた部分が、雪の存在を確かに伝えていた。
――こんな風に、今ははっきり見えないかも知れないけど。
それは確かにあったのだ。
「あのさ」
孝介は口を開いた。
「今から色々言ってくから、適当に聞いててくれないか。で、おかしいとこがあったら突っ込んで欲しいんだ」
陽介と直斗が左右から同時にみつめてくる。二人は互いに顔を見合わせたあと、わかったと言ってうなずいた。同じようにうなずき返しておいて、孝介は頭のなかを白紙に戻し、あらためて考え始めた。
――まずなにから確認するべきだろうか。
「山野アナにも、俺たちと同じ力があったってことはないか?」
「同じ力……って、テレビに入る力のことか?」
「それは有り得ません。もしそうだとしても、小西さんが殺される理由がやはりわからないことになる」
「だいたい俺らだって、お前のお陰であっち行けるようになったんだぜ? そりゃなんで生田目におんなじ力が、っていう疑問はあるけどさ、だからって死んだ二人にも同じことが起こったってのは――」
考えられない。まず無理だ。
「……四月に二人が殺されたってことは、少なくともあの時点で犯人は町に居たんだよな?」
「そうですね。以前誰かがマヨナカテレビに映った山野アナを見ていることから、少なくとも遺体発見の二日前には稲羽市に居た筈です」
「あとさ、あれホラ、脅迫状っ」
陽介が息せきって続けた。
「あれが届いた時点でも、犯人、町に居たんだよな?」
「しかしそう考えると、ずいぶん期間が空いているようにも思えますね……半年ものあいだ、犯人はなにをしていたんでしょうか」
なにをしていたんだろう?
「生田目が誘拐を始めた時、犯人はなにを考えたと思う?」
さすがにすぐ返事はなかった。
「……なに考えたんだろうな」
「そもそも誘拐をしていたことは知っていたんでしょうか」
「俺らがなにしてるのか知ってたんだぜ? だとしたら、誰が誘拐をしてるのかはわからなくても、テレビに入れられてたってことはわかってた筈だろ」
――大事な人が、入れられて、殺されるよ。
二通目の脅迫状の文面だ。確かにこちらの動きも生田目のことも知っていたとしか思えない。
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